四章 “オブ・セイバ” 8
真っ直ぐ真っ直ぐ道を進んできたら、大きな川がいきなり眼前に現れた。川というよりむしろ運河だ。それなりに整備され、向こうとこちらを結ぶ橋が間隔を開けながら架けられている。水をかめに汲む者や、洗濯をしている者がいることから、この川が町の生活の一部になっていることがよくわかる。 「コウ、どこ行くのー?」 ローブの中に隠れている黒精霊が、そう声をかける。コウは「知るか」と吐き捨てて、橋を渡ってまた真っ直ぐに歩き始める。 「迷うよー?」 「迷うかっての。一直線なんだから」 今日も朝早くに黒精霊に起こされて。起きたときにはシルフィラとミナの姿がなかった。もっとも、ミナは昨日帰ってこなかったのだが。リィンはベッドの上で剣の手入れをしていた。シルフィラの居場所を聞くが、朝早くに出て行ったということだけで、どこに行ったのかまではわからなかった。 旅をしてずっと歩いてきたからか、のんびりしていられるという環境がじれったい。コウは少し散歩しようと、町へ出た。 「・・・なんか、雰囲気が違う、か?」 泊まった宿屋がある場所と、今歩いている場所は川によって二分されていた。二分された片方は活気のあるいわゆる『町』なのだが、こちら側はどうも・・・荒れていた。 「貧富の差ってヤツだよー、コウ。これがまた人間の面白いところだよね? トミとかザイサンとかってヤツで、暮らし方が全く変わっちゃうんだもん」 「何が面白いんだか・・・」 苦いものでも噛んだようなコウの言葉は、黒精霊には届いていない。あれやこれやと騒ぎ立てている。不思議なのは、ローブの中から得体の知れない声がしても、誰も気にしない・・・もしくは気付かないことだ。黒精霊は容赦なく話しかけてくるので、黙ってろというのも面倒になり、適当に相槌を打つことにした。他の誰かに怪しまれようがどうしようが勝手だから気にはしないが、聞こえないもしくはわからないというなら、そっちの方が楽ではある。 「あ・・・コウ。前から誰か来るよ〜?」 うつむきがちに歩いていたコウは、その声に反応して避ける間もなく、素晴らしい勢いで走ってきた子供に激突された。 「・・・っ、何だよ! 一体!」 「バカヤロ! 早くどけっ!」 コウはよろけたところをさらに押され、尻餅をついた。 「ふ、ざけんなよっ?! なんだってんだ、一体・・・」 コウは遠ざかる子供の背中に罵声を浴びせ、ブツブツと文句をたれながら立ち上がった。立つとすぐ、コウは向こうから大きな人影が走ってくるのを、今度はきちんと見た。 「待て! あんのヤロっ・・・」 さきほどのコウと同じように罵声を浴びせながら走り抜けていく背の高い男を見て、コウは状況を把握した。 「はあ、つまり・・・」 「あの子がなんか盗んだみたいだね? うーん、やっぱり貧富の差ってヤツ?」 コウが説明しなかった部分を、わざわざ黒精霊が説明する。しきりに頷き「うんうん、人間は色々あるね〜」と感心しているのを見て、コウは小さくため息をついてまた歩み始める。どこへ行くでもなく、ただ突き当たるまで真っ直ぐに。 ――コウは気付いていなかった。この遭遇が、波乱を引き起こすきっかけを作っていたとは。
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