四章 “オブ・セイバ” 9
宿屋へ帰ろうとする道すがら、シルフィラは露店の出された通りの、その人並みの中に、一際目立つ色彩を目に留めた。 「あれ・・・ミナ、リィン、何見てるの?」 豪奢な赤髪を背に流したミナと、両手に大きな紙袋を抱えたリィンであった。 「あ、シルフィラ。ちょうどいいところに来たわ!」 「・・・? 何?」 ミナが見ているものを見て、シルフィラは苦笑した。 「もしかしてさ・・・」 「そのもしかして、よ。まあ、一度でも手を組んだ証だと思って・・・、ね?」 ミナが見ていたもの・・・それは、櫛だった。木でつくられた質素なものから、鉱石を用いたのであろう黒光りするものまで様々に取りそろえてある。どうやら髪に関するものや化粧類を売る露店のようだ。 「だからさ、別にいらないって」 「櫛なんてそんなに高いものでもないし・・・それに、言ったでしょ? あ・か・し。第一気になってしょうがないってば・・・」 そう言うと「これでいい?」と一つを手に取り差し出した。比較的落ち着いて、地味な飾り気のない櫛だが・・・鉱石で作られたものだった。 「いや、こっちでいいよ・・・」 シルフィラが指差した先には木で作られた櫛があったが、ミナは「木はすぐ壊れるからダメ」と却下した。 ・・・なら、聞く意味ないよなぁ? シルフィラがいやとは言わないので、ミナは問答無用でその櫛を買ってしまった。 「はい、シルフィラ。・・・ああ、お金はいらないわよ? おごりよ、おごり」 ため息をつきながらお金の袋を取り出そうとしたシルフィラに、ミナはストップをかけて櫛を手渡した。 シルフィラはもう何も言わず、荷物持ちにされて彫像よろしく黙り込んでいるリィンに視線を向ける。リィンの目は暗くよどんでいた。 「・・・半分持とうか?」 その目があんまりに暗いのでそう尋ねたシルフィラに、ミナが軽い口調で答えた。 「ああ、気にしなくていいのよ。全部私達が使うモノなんだから」 ・・・正確には、俺達って言うよりむしろお前? ぽつりとリィンが呟いた言葉に、ミナは「何か言った?」とわざとらしく問いかける。 いや何も、と即答するリィンを見て、シルフィラは含み笑いを浮かべる。 ・・・苦労しそうだよね、リィンは。 だが今更なその思いは、本人に言えば間違いなく、「いや、もう十分してる」と返ってきたことだろう。
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