五章 “幻日” 10
カーヤは歩いて、一つの木の前にシルフィラとコウを連れていった。大きな、豊かな木である。なんの木か知れないが、それは暗くなり始めた夜の闇の中でもわかるほどの雄大さを誇って、コウは圧巻されたように言葉を失った。 夕方のことである。日が沈み始める直前。家に二人を招いたカーラが、ふと提案したのだ。・・・あそこに行こう、と。 あそこがどこか、コウにはわからない。だがシルフィラはわかったようで、頷く。当たり前のようにコウも二人に引っ張られて、こうして道なき道を進んできた。 「・・・昔はよく、みんなで遊んだね」 カーラが大樹にそっと手を添えながら、寂しそうに言う。シルフィラはしばらく返事もせず立ちすくんでいたが、そうだね、と小さな声で答えた。 「・・・あたしと、シルフィと、アイスと、ランと、・・・シンパスと。あたし達はいつでも一緒で、ここはあたし達の秘密の場所で、いつまでもいつまでも、そのまんま一緒に遊んでられるって、思ってたけど・・・」 額を木に当てながら、カーヤがささやく。・・・時って残酷ね。 その言葉は、心のひどく深い部分から言われたようだった。コウは大樹から一番離れた場所に立ったまま、ただ、見ていた。 「・・・シルフィが出て行って。その後すぐ、シンパスが消えて。ランは村を飛び出して、二人を探しに行ったわ。アイスは病気で足を悪くして、呪いをかけられたのだと、勝手にシルフィを逆恨みしてる。あたしは何も出来ずにここに残って。すごく、みじめだわ」 シルフィラは、言うべき言葉を探して目を泳がせる。しかし見つからず、そしてカーヤはまた一人呟くように語る。 「シルフィ、帰ってきてくれて、嬉しい。本当に嬉しい。・・・一人は、寂しいわ」 声の調子を無理に明るくして。カーヤはくるりと振り向いた。目元が少し、濡れていた。シルフィラはただ、深くゆっくり頷いた。それだけだった。 がさり、と木々を揺らすほどの風が生まれる。コウは髪を押さえて、大樹の元の二人の姿を、しっかり見つめた。――ただ、見つめた。
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