五章 “幻日” 2
雨も降る。日も射す。天気は不順に見えて、決まった中で回ってる。一定の間隔で。狂いはあっても、決して狂わず。 山奥というかなんというか、辺境の地を目指していることだけは確かだ。 「この山をあと二つ越えて、岩の道を歩いた先にあるから・・・まだ距離はあるけど」 「距離があるかどうかじゃなくて、何日くらいで着くか、って目安はないのかよ?」 「うーん・・・天候とかによって結構変わってくると思うんだよね。俺も、行くの十年ぶりくらいだしなぁ・・・」 シルフィラは弱ったようにほおをかりかりかいて、ちらりと横に並んで歩くコウの様子を盗み見る。コウは日に日に機嫌が悪くなっていくようで、言動が段々過激になってきている。その余波というか被害というか、それは真っ先にシルフィラへ向かってくるので、どうにかしないと目的地につくまで身が持たないような気がするのだ。 ここ数日で、シルフィラは、コウについて、知らなかったことを何個か発見した。まず――体術でもやってたかのように、異様に強いということ。武器を持った相手ではなかった、というのも一因あるだろうが、それだけにしては強すぎる。素手で一対一でも負ける時には負けるのがケンカというモノのはずだが、その辺をきっぱり無視して、百数人対一で互角に・・・むしろ有利に相手をのめしていくというのは、いったいどういうことなのだろうか。シルフィラが聞くと、コウはただ、ケンカ慣れしているだけだ、と言ったが、もしそれだけならば、よっぽどの場数をこなしてきたことは明白だ。 さらに知ったことと言えば――コウの過去、“何か”あったという事実。他人に対する冷たさ。自分に対する冷たさ。ちょっとでも深く付き合うことを拒む、むしろ恐れる、態度。メシアが、二人旅に出てすぐの時シルフィラに対して耳打ちしたが・・・コウは、大切なヒトをつくるのを恐がっている、らしい。あくまでメシアの推測だが、シルフィラは、この推測が的を射たものだと思った。 ・・・先日の事件で、シルフィラはコウの心の内を受け取っていたから。コウはシルフィラのとろうとした行為を、何よりシルフィラ自身のため、危険な目にあってまで止めにきた。一度逃げ出したところに戻り、自分を一度捕らえた者と向き合って、その男を傷つけようとしたシルフィラを、必死になって止めた。シルフィラはその時、こぼれてしまったかのように名を呼ばれたが、その声はしっかり響いた。 シルフィラにとって、コウは大切なヒトだ。それは、隠さず言える。テレずに言える。コウにどう思われてるかなんて、この際関係ない。第一、確かめることもなく、少しは大切に思われてるということはわかっている。 ――捨てられた子猫のように、コウは恐がりながら、ダレカを求めている。 シルフィラは、わかっている。自分にも、経験のあることだから・・・。
|