五章 “幻日” 7
満天の星、が見える。今日は細い三日月で、空は遠く、高く澄んで。開けた窓から入る涼やかな風が髪を揺らして吹き抜ける。 「・・・コウ」 呟きは、ざわざわとした木々の立てる音にかき消される。シルフィラはため息をついて、窓辺に座ったまま、目を閉じた。 カーヤはすでに寝入っている。シルフィラに会えた喜びと、村の人々の・・・特にアイスのシルフィラへの行動にひどく憤慨しながらも、会えて嬉しい、と何度もシルフィラに言う。・・・離れてから、すでに十四年。最後に見たのは泣き顔だったが、それは、感情こそ違えど、嬉しい、と泣き笑うこの顔と、同じだった。 「・・・眠れないの?」 星を、見ていた。だから気付かなかった。声をかけられて、シルフィラは振り返った。 「カーヤ・・・起こしちゃった?」 カーヤはううん、と首を横に振り、シルフィラの両肩に手を置いて体重を乗せるようにしながら、窓の外を仰ぎ見た。 「きれい・・・たくさん星、光ってる」 「・・・そうだね」 二人は無言で、しばらく空を見上げていた。沈黙は柔らかく続くかに見えたが、そこに、カーヤがぽつりと言葉を紡いだ。 「・・・あたし、言い過ぎちゃった?」 何が、とシルフィラは肩越しにカーヤを見る。カーヤは落ち込んで、うつむいていた。 「・・・シルフィと一緒に来た子。ひどいこと言うんだもの、だから・・・。でも、でもね? あの子、すごく、悲しそうだった気がするわ」 その言葉に、シルフィラは淡く笑って。下から両手を伸ばして、カーヤの頬を挟んだ。 「大丈夫、大丈夫だよ、カーヤ。コウは・・・多分、戸惑ってたんだと思う」 カーラは両頬を挟んだシルフィラの手に自分の手を重ねながら・・・小さく頷いた。シルフィラは安心させるように頷き返して、俺はもう寝ようかな、と席を立った。窓を閉める。涼やかな風は一度、二人の頬を通り過ぎて消えた。 カーヤはシルフィラの後ろについて、シルフィラの寝床の横に並べた自分の布団に横になり、毛布にぎゅっとくるまって・・・硬く目を閉じた。 (・・・でもね、シルフィ。それだけじゃ、ないと思うわ) 毛布のすぐ向こうに寝ているはずのシルフィラに、心の中で語りかける。 (・・・あの顔、あたしは知ってる。アイスと、同じ。村のみんなと、同じ) ――それは、裏切られた人の、顔だった。
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