五章 “幻日” 8
硬い岩の上に寝転がり上を見上げると、自分の体がすっとここから遠のいたように感じる。地球では見たことのない星々と、隣り合って浮かぶ細い二つの月は、それぞれが全く違った色で輝いているようでいながら、その全てで一つの調和を保っているようであった。 「あれ、なんだろうな」 空に浮かぶ二つの月は、果たして本当に月なのか。白味を帯びた黄色は鎌のような形をして、ならば、その隣に浮かぶ赤い月は切られた空の血だまりか、と物騒なことを思ったりしてみる。 「あれはね、白刃と紅刃だよ〜」 誰もいないはずの空間からした答える声に、コウは目を向けもせずいやそうに顔をしかめた。 「いたのか、お前」 もっちろ〜ん! と微笑むメシアに、コウは気がのらない、といった様子で目を閉じた。 「コウ、シルフィラのとこに行かないのー?」 メシアが尋ねて目をつむったコウの顔の上に座る。それを払い落としながら、コウは顔を背ける。 「なんで。感動の再開に水さすつもりはねーよ」 ふーん、とメシアは頷き、コウが聞いていようがいまいがお構いなしに勝手に言葉を続ける。 「まあ、いいけどねー。あ、それでね、コウ。白刃と紅刃はね、お互いに離れられない存在なんだよ〜? でもね、あれ以上近寄ることも出来ないんだ。ほら、あの形だとわかるけどー、二つの月は、互いに刃になってるでしょ? だから、近すぎると傷つけ合っちゃうんだって。でもね、二ついないと、完璧な丸にはなれないんだよー。それで〜、いつも、つかず離れず、一緒にいるの」 薄目を開いて空を見ると、確かに二つの月は、はじめにコウが思ったように向き合った刃だった。 「・・・刃同士でも傷ついちゃう。だって、鋭いんだもん。でも一つじゃ、丸にはなれない。多すぎず少なすぎず、二つで半分こ。やっと一つ。傷つきながらも、やっと」 メシアの言葉は舌足らずな子供のように。コウは言葉を頭の中で反駁して、二つで半分こか、と言葉無く呟いた。 夜風に当たって冷静になると、なぜあんなことを言ったのか、ふつふつと後悔が押し寄せてくる。 なぜ? 言いたくもないことを言った。心にもないことが、言葉となって飛び出してきた。本当に、本当に?心にもない言葉が、果たして言えるのだろうか。 自責、というよりもその行動をとった自分を信じられず、コウは長くため息を吐いた。閉じたまぶたの裏側にそんな思いは凝り固まって、目を開くのがおっくうになる。 「・・・コーウ。風邪引くよ?」 メシアの優しげな調子の声。それを聞きながら、コウは眠りに落ちていった。
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