<月> 一章 “迷い子” 3
真澄から逃げてもカノンに見つかる。気付けば二人に囲まれて、一人っきりでいられなくなった。真澄もカノンも違うクラスなのに、どうしてか光良に構う。それが周囲からは奇妙に見られていること、気付いていないのだろうか。 けれど不思議なことに、カノンは真澄から光良を庇うような言動をする。失踪していた間のことを決して質問させないし、進路のことも、昔のことも、光良に関する深い事情の何もかも、口に上らせない。 カノンという女が、よくわからない。けれどここ最近、よくわからないのがもう一人、親しく話しかけるようになった。 楠葉鈴希・・・隣の席の女子だ。二つ結びで目がくりっとしていて、小柄で、可愛いといえば可愛い。けど、それがどうした。光良の席まで遊びに来るカノンといつの間にか仲良くなったらしく、気付けば話の輪に入っている。光良そっちのけで。 ・・・昼、にぎやかになった自分の周りに、イライラする。とうとう我慢できなくなり、がたんと大きな音を立てて席を立ち、廊下に出た。 「おい、光良っ!」 もちろん追ってくる真澄を振り切るように歩き続けると、ばったり出くわしたのは・・・。 「あっ・・・!」 あの、弱々しい少年だ。何か言おうと口をぱくぱくさせる。その横をさっとすり抜ける。 「ま、待ってくださいっ・・・!」 待たない。どこへ向かうでもなく歩いていくと、後ろから追う足音が二つに増えた。 「おい、光良! 話くらい聞いてやれよ!」 「木崎先輩、お願いです、待ってください! ・・・ごめんなさい!」 聞こえた叫び声にイライラの頂点に達し、止まる。後ろの足音も止まった。振り向く。困惑した顔の真澄と、泣きそうな顔の内藤響夜。本当にムカついた。 「何で謝んだよ、ああ? 俺がやりたいようにやったことで、どうしてお前が謝る!」 泣きそうな顔をさらに歪ませるのを見て、光良は皮肉げに笑った。 「お前らもカノンも、所詮自己満足だろ。そんな気持ちで、俺に構うな。・・・構うなよ」 もう一度歩き出せば、今度は誰も追ってこなかった。 隠れ場所を探すのもうまくなったもので、今は校舎の裏である。静かなものだ。ヒトがいない場所というのは、それだけで本当に静かになる。ヒトというのがどれほど騒音を出す生き物か、こうしているとよくわかる。 「・・・木崎君」 するとそこに、騒音の元が。鬱陶しいと首を巡らすと、周りの騒音の中では比較的静かな存在、楠葉鈴希が身を屈めつつこちらを見ている。 「・・・何だよ」 その目が責めるようで、光良は警戒しつつ答える。楠葉鈴希は光良の横にちょこんと腰かけ、じっと目を合わせてくる。 「・・・何だよ、一体」 非常に居心地が悪いが目を逸らしはしない。相手が逸らすのを待つ。 「あのさ」 けれど少女はずっと目を見つめたまま、 「木崎君、何か、怖いの?」 突然そんなことを訊く。光良はあ然として言葉を失くす。少女はその間にさらに尋ねる。 「友達と一緒にいたくない? 近付いてほしくないとか、思ってる?」 その通りだと頷こうとしたが、何故か体が動かない。言葉も出ない。答えない光良の目を、なお少女は見つめ続ける。 (・・・やめてくれ) その澄んだ黒い目が、光良の恐れる何かを見出そうとしているかのよう。 「・・・ひとを信じられない? 昔、裏切られたことでも?」 光良はくしゃりと顔を歪めて、うつむいた。 「・・・関係ないだろ」 答える声の、隠しきれない震え。どうしてだか、あっちに行けと振り払うことができない。・・・それは多分、楠葉鈴希の声が、本当に静かだから。 「・・・そうだね。でも、木崎君」 下を向く光良と反対に、少女は空を見上げながら、 「カノンちゃんも、レオ君も、ヒビヤ君も。私も。ただ横にいるだけで十分だから、一人にならないでほしいって・・・そう、思ってるんだよ」 光良は何も答えられず、ただその言葉が頭の中にぐるぐる回るだけだった。 五時間目の授業にはちゃんと出た。チャイムが鳴る直前に楠葉鈴希と教室に戻ると、そこにはまだ全員いた。真っ先に光良に気付いた内藤響夜が椅子を倒して立ち上がる。 「き、木崎先輩・・・」 クラス中の目がこちらに向く。光良はそのいくつもの目を一回見回し全部を逸らせると、おろおろする後輩の少年に目を向ける。 「許しがほしければ、許してやるよ。・・・お前は俺に、どうしてほしいんだ?」 言葉はきついが、その声に棘はない。少年は何度か喘ぐように口を開閉させ、 「・・・給食の後、時々でいいから、ここに来ても、いいですか」 光良はわずかに笑んで、 「・・・いいぜ」 そう答えた。
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