fate and shade 〜嘘と幻〜

<月>   二章 “親と子”   2





 家に帰ったら、暗い室内に、今日も母がいるだろうか。

 ここ最近、前にも増して体調を崩し、会社を途中退社してくることが増えた。その理由はわかっている。光良だ。ひと月もいなくなってさすがに失踪届けを出し、突然帰ったと思えば理由も言わない。進路のことで担任から電話があれば、申し訳ありませんと謝る。全部光良に当たればいいものの、何も言わずにただ泣くばかり。

 泣かれると、冷める。ずっとずっと、もう何年間泣いているのか。弱い女だと思う。泣いても何も起きないのに、泣いていれば誰かが助けてくれる、救ってくれると思っている。

 多分光良は、生まれなければ良かった子どもなのだ。今となっては。光良は、親の負担にしかならない。それでも生んでここまで育ててしまった子を、今さら捨てたりなんかできないのだろう。

 光良はここ最近、それでも真っ直ぐ家に帰る。・・・その、道の途中で。

 絶対会いたくないモノに、会ってしまった。

 

 家の手前五十メートルのところで、ブロック塀に寄りかかって光良を見るその男。冷めきった目と、嘲笑うような笑み。光良はその姿を目に入れた瞬間、体中に緊張を走らせその場に足を止めた。

「久しぶりだな、光良」

 その姿を見たくもなかった、声を聞きたくもなかった。光良は瞬時に沸いた怒りに飛び出しそうになる体を意思で抑え、手の平にきつく爪を立て、数メートルの距離で男と対峙する。

「・・・何の用だ」

 男はその数メートルを、ごく軽く、一歩一歩と詰めながら、光良を見下げて、

「随分なお言葉だな。久々に会った“お師匠様”に、そんな態度でいいのか?」

 掴みかかりそうになった。光良はそれもどうにか抑え込んで、睨み上げる。

「そんな、呼び方。するわけない、今さら、どうすれば、お前のこと、師匠だなんて・・・!」

「呼んでただろう、昔は。なあ、呼んでごらん? 小学生の時みたいに、“お師匠様”って」

「呼ぶもんか!」

「じゃあ、映路おじさんって呼んでみるか?」

「・・・黙れっ!」

 激昂した光良は映路に飛びかかった。映路は薄ら笑い、その体を受け止めるように攻撃をいなす。

「お前は、変わってないな。すぐ力に訴える」

 拳を握りしめて、何度でも殴りつけそうになるのを自制する。憎らしくてたまらない。殺してやると、今まで何回思ったことか。

「お前、いなくなってたんだって? なあ、どうして帰ってきちゃったんだ。生きてても死んでても、お前のことなんか誰も必要ないのに」

「・・・っ!」

「聖路とさ、いなくなってよかったなって話をしたんだよ。あいつもほっとした顔、してたのになあ」

「うる、さいっ!」

 ・・・聞きたくない、聞きたくない!

 どんと強く胸を押す。流れを殺さず二歩下がった映路は、勝ち誇ったようにせせら笑う。

「はっ、惨めなもんだな、光良。あんな女の血が入った子ども、生まれたのがそもそも間違いなんだ。早く、死ねよ」

 悪意しか感じない言葉と態度。一時だってこの男を信じたことは、光良の一生の恥だ。

「よっぽどひまなんだな、エイジ。そうやって俺を嘲るためだけに来たのか? お生憎様、お前がどれだけ俺を殺そうとしたって、俺はそう簡単にはくたばらない。第一、俺がたとえいなくなっても、俺がセイジの子どもだっていう事実は変わらないからな!」

 瞬間顔を歪める映路と対照的に、皮肉を込めて笑みを作る光良。映路はけれどすぐに余裕の笑みを浮かべ直し、すっと手を伸ばす。

「・・・そうやって強がって、逆に自分を傷つけてんのは、どこのどいつだろうな」

 映路はそのまま軽く肩を叩き、すれ違いざまに囁く。光良はぐっと言葉に詰まり、そのまま去っていく背に向け小さく、知るかよ、と吐き捨てた。




前へ   目次へ   次へ