<月> 二章 “親と子” 3
家に帰れば、母はいつものように、暗い部屋でうつむいていた。玄関を開けた光良を居間からちらりと見て、また深く下を向く。光良は何も言わず、空気のように母を無視して二階の自室へと階段を上がる。 「・・・ねえ、光良」 その時、数日ぶりに、母が光良に話しかける。光良は上げた足を静かに下ろし、立ち止まる。 「あなた、映路さんに、会った・・・?」 見えないところから聞こえる微かな声に、ぐっと手を握る。やはり映路は、母に会ったのだ。何を言われたのか、どう答えたのか。 「光良、何か、言って・・・?」 光良はそれに応じず、また階段を上がっていく。その背に、蚊の鳴くような細さで、 「・・・聖路さん」 そう呟く声が聞こえた。 親は強いか? 子は守られるばかりか? そんなことはない。親だって人間だ。いつも強くはいられない。子だって人間だ。守られてばかりはいられない。 親には親の事情が、子には子の事情があって、互いに譲歩しながら家族を形成する。だから・・・家族なんて脆いものだ。呆気なく壊れるもの。ばらばらになってしまったら、もう戻らない、戻せない。 光良の家族が壊れるきっかけを作ったのは他ならぬ光良で、その亀裂を広げられるだけ広げたのは、映路。だが、そもそも、光良の両親である聖路と良子は、夫婦足りえるには弱すぎたのだ。 二人の愛の末に生まれたはずの光良は、けれどそれゆえに、ひとたび広がった亀裂を塞ぐ存在には、なりえなかった。 親には親の、子には子の世界がある。 けれどその二つの世界は、まだ心の幼い子にとっては、どうやっても切り離せない絶対のもの。――世界から締め出された子は、どこへ向かい辿り着くだろう。
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