<月> 三章 “撫でし子” 3
夕飯を食べて、もう一度風呂にしっかり入って、夜、マスミの部屋の中。ヒビヤも泊まっていくことになったため、男ばかりが三人も、たいして広くもない部屋の中で微妙な気まずさで沈黙している。刻々と、夜が深まっていく。 「なあ・・・」 口火を切ったのは、マスミだ。呼びかけられた光良は視線だけを向ける。 「・・・お前さ」 ああ、また訊かれるのか、そう思い、目を逸らす。マスミは言いよどみ、結局言葉を続けられずにやはり目を逸らす。時計の音が響く。かちこちかちこち、時が過ぎる。無意味に過ぎるは時ばかりではなく、気持ちというものもまた、行きつ戻りつを繰り返す。 「き・・・木崎先輩! 話してくださいっ!」 その循環を破壊したのは、ヒビヤだ。臆病で穏やかなヒビヤが、マスミが言えなかった思いを継いで、光良に食ってかかる。 「せ、先輩、僕は、ただの自己満足とか、そんなことで、先輩に話してほしいんじゃないです。だって、だって木崎先輩、自分がたまにどんな顔してるか、わかってるんですか・・・?」 驚き目を丸くする光良に、ヒビヤは一生懸命訴える。 「どんな顔、って・・・」 自分の顔に思わず右手で触れる。どんな顔? どんな顔を、していたというのか。 「木崎先輩・・・やっぱり、気付いてないんですね?」 ヒビヤは痛々しい顔をする。・・・あんなに悲しそうな顔をしてるのに、と。 「・・・か、なしそうな、って、何言って」 「先輩、何があったんですか? 僕達じゃ、何の力にもなれないですか? ・・・僕達は、先輩がそんな顔をしてるのを、ただ見てるだけしか、出来ないんですか?」 ヒビヤの剣幕に押され、言葉が喉につまる。また目を逸らす。すると今度は、その先にいたマスミと目が合う。マスミもまたヒビヤと同じような表情をして、 「クスハ、がな」 ぽつりと言葉を零す。 「・・・誰かが一人だと、自分も一人だって思う、そう言ったんだ」 ふうと息を吐く。 「光良、お前、一人なのか。・・・俺達は、お前の隣には、前には、後ろには、いないのか? いられないのか?」 「そんな・・・こと」 どう答えたらいいかわからず、出てこない言葉が頭の中が空回りする。喘ぐように唇を開き、 「・・・話し、ても」 口ばかりが動いて、想いを紡ぐ。 「信じや、しない・・・」 マスミとヒビヤは無言で首を振る。 「信じたい、俺は」 「僕も、信じたい、です」 ・・・信じると無責任に言われるよりもよほど、その言葉は光良を動かし。一人で抱えるのはもう限界だった心の内を、光良は泣きそうな顔で、その夜、曝け出した。
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