〈月〉 三章 “撫でし子” 6
深夜、家への道を急ぐ。 帰ろうと思った。帰って、母と話そうと思った。その勇気を、レオとヒビヤがくれた。信じてもらうために信じることの必要を、教えてくれた。 光良は、母を信じていただろうか? 木崎良子という女を、尊重しようと思ったことがあるだろうか。・・・ない、と言い切れる。言い切れてしまう。 (俺は、甘えてた) 甘えていたのだ。母という代名詞になった、一人の女の存在に。 玄関には鍵がかかっていなかった。不用心だと思いながら開けば、真っ暗な闇の中、誰かが慌てて立ち上がり、物に当たり転び小さく叫ぶ。 「母さんっ?!」 すぐに玄関の明かりをつける。真っ直ぐ伸びる廊下の向こう、暗闇に沈む居間の中から、光良を見つめる目。信じられないものを見るような、怯えるような色をして。 「・・・こう、りょ」 その目の持ち主は、ぎこちなく息子の名を呼んで、床にへたり込んだまま。ほっとしたような、残念そうな、そんな顔をする。 「・・・おかえり」 それでも、無理に笑う。心中で何を思っていようと、表に出すこともなく。 「・・・ただいま」 ――良子という女は、弱い女かもしれない。けれど、強い母かもしれない。 光良は玄関を上がり、いまだ立ち上がる気配もない母親の下へ向かう。その腕を力強く引き上げ、椅子に座らせ、ずっと暗いままだった居間の電気を、何日何か月ぶりにつける。ちかちかと瞬いて明かりが安定する間、良子はまぶしさから目を細める。 「光良・・・?」 明るさに目が慣れてくると、良子は光良を見て、小さく首を傾げる。こうして向かい合って目を合わせるなど、随分久々なことだ。 「・・・どうしたの? 今日は、お友達の家に、お泊りだったんでしょう?」 不思議そうに首を傾げる良子の目を、光良は静かに見つめ返す。顔は父親似だけど、目元は母親似だね、昔そう言われたことを、ふと思い出す。 「帰ってきた。・・・話がしたかったから」 緊張の混じる声音で言えば、良子は目を丸くする。 「話って・・・光良?」 話すべきこと、話さずにきたこと。沢山の想いを押し込めてきた光良は、今この時それを話すという決意をし、もう怖がるのはやめようと一度唾を呑む。 「俺がどこで何をして、今までどう感じてきたのか。全部、全部話す。・・・だから、訊いてほしいんだ。母さん」 良子は一瞬息をつめ、それから、安心させるように、ふにゃりと笑う。 「うん、聞くわ。・・・聞かせて、ちょうだい?」
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