fate and shade 〜嘘と幻〜

〈月〉   三章 “撫でし子”   7





 光良は全て話した。失踪していた間のこと、今の学校と友人のこと、幼い時の事件のこと、映路という人間のこと、そして、

「ごめんなさい。謝る、何度でも謝るから、お願いだ、母さん。もう、父さんは帰ってこないんだ、いつまでも待ってても。・・・なあ、諦めよう」

 ――別の家庭を手にして良子と光良を捨てた聖路、いつか戻るという希望のために生きている良子。そんな二人の男女のことを。

 良子は一言も口を利かなかった。何十分もずっと下を向き、光良を見ることもない。その状態が三十分近くも続いた後、光良は一人、席を立った。

 ・・・伝わらなかった。その事実に唇を強く噛み、自分の部屋へと冷たい廊下を進んだ。

 

 朝、学校へ行くために。クスハに持っていかれた制服の替えを出して着て、静かに階段を下りる。居間はのぞかない。昨日、良子が二階の自室に戻る足音は聞こえなかった。きっとまだ、居間にいる。

「・・・光良」

 名を呼ばれ、振り向くかどうか躊躇する。玄関に立ってのろのろと靴に足を突っ込んでいれば、椅子が引かれ近付いてくる足音がする。

「光良・・・こっち向いて」

 言われ、渋々振り向く。射し込む日の光に照らされる母親の姿は痩せ、顔色はすこぶる悪いが・・・表情には、生気があった。

「・・・母さん?」

 呼びかける光良に、良子は淡く微笑み。そっと光良の頭を撫で、ついで、ぎゅっと強く抱きしめた。

「ごめん、ごめんね、光良。ごめん、ずっと、寂しい思いをさせて」

 泣き声は何百回と聞いているが、こんな風に抱かれ、光良に向かい泣く母親は、初めてで。光良は硬直し、されるがまま立ち尽くす。

「光良、ごめん。・・・ありがとう。全部、全部言ってくれて」

 ――側にいてくれて。見捨てないでくれて。生まれてきてくれて、ありがとう。

 光良の体から、ふと力が抜ける。

「・・・かあ、さん」

 その体を支えるように抱き直し、良子は告げる。

「光良も、気付いたらもうこんなに大きくなってる。私は、どれだけ立ち止まっていたのかな。・・・別れた聖路さんのことは、もう思い出の中だけに、覚えておくべき時だね」

 その言葉に光良は目を見開き、良子の体を引き離す。

「待って、母さん。・・・本気?」

 良子は寂しそうに、けれど晴々と・・・そう、昨日レオとヒビヤが浮かべたのと同じような晴々とした顔をして、微笑む。

「本気よ。何、どうしたの? 光良が、言ったんでしょう」

 確かに言った、が・・・。思いばかり先走りして口をぱくぱくさせる光良を、良子は愛おしそうに見やる。

「光良。私にはね、聖路さんよりも大切なものが、あった。それに、気付いた・・・」

 随分遠回りをしちゃったけどね、と笑う良子は、光良の頭をそっと撫でる。

「光良、ありがとう」

 柔らかな手の温度とともに礼を貰った光良は、ぎゅっと拳を握りこみ、

「母さん、こそ。・・・ありがとう」

 そう、笑った。

 

 

 ――光良の凍っていた時間は、この朝、正しく動き始める。




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