<月> 四章 “合いの子” 1
帰り道を歩いていた。すると、あの男が、前方から光良に向かってくるのが見えて、光良は歩みを止める。 「光良?」 「どうかしたんですか?」 「・・・お前ら、下がってろ。絶対口出すなよ」 「え? 木崎君、それってどういう・・・」 光良が説明をするより前に、男――映路は、彼ら五人の前に立つ。そして怒気も露わに、 「こんの、糞ガキが・・・!」 第一声、そう吐き捨てた。 「はっ、大層な登場文句だな、映路」 嘲笑う光良は、二歩ほど進み出る。・・・他の者達を庇うように。 「お前、何入れ知恵しやがった。あの女、俺に何て言ったと思う?!」 「そうだな・・・“もうあなたのことは信じない、聖路さんとの仲など取り持っていただかなくとも結構だ、二度と私達に構わないで”みたいなこと、か?」 図星だったらしい映路は、憎しみあふれる目で光良を射抜く。 「・・・俺の復讐を、邪魔しやがって!」 復讐だって、間抜けな言葉だ。光良はさらに皮肉な笑みを深くする。 「笑わせる。あんたのやってることは、ただの逆恨みじゃないか。あんたの大切な大切な聖路の心を奪ったって、何だそれ! 聖路が勝手に、母さんを好きになったんじゃないか。お前のことなんて、全然気にも留めず!」 「聖路は誘惑されたんだ! あのあばずれ、淫売、俺のことまで馬鹿にして!」 「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い!」 「この、ガキ・・・!」 映路は光良に食ってかかり、素早く間に入ったレオとカノンが止めようと飛びかかる。 「何、しようとしてんだよ・・・!」 「コウちゃん、押さえてるから、逃げて!」 「馬鹿っ! ・・・早く離れろ!」 慌てた光良が叫ぶと同時、二人の体がふっと中に浮く。 「・・・え?」 「危ないっ!」 クスハとヒビヤが声を上げ、光良が手を伸ばすも、遅い。投げ飛ばされたレオとカノンは、数メートル離れた地面に叩きつけられた。 「カノンっ!」 特に、カノンの投げられた方向。・・・それは車道で、光良が駆け寄り襟首を引っ張ると同時に、二人の目前を車が一台、クラクションとブレーキの音を響かせ通り過ぎていった。 荒い息をつく光良と、顔色を蒼白にするカノン。硬直した体の強張りが解けず、その場で呼吸すら止める者達。 「・・・す、気か」 殺意すら浮かぶ視線で光良が睨むのは、映路の姿。男は呆然とした様子で、光良とカノンを見ている。 「殺す気、だったのかよ! ・・・この、ヒト殺しっ!」 酷く狼狽した様子で、映路は何やら言いかける。が、光良はそれを許さず、怒りのあまり涙すら浮かべて、映路に詰め寄り襟ぐりを掴み、強く揺さぶる。 「カノンは! レオも! お前には何の関係もない。ただ、俺を助けようとしただけだ! それなのに、あんな風に・・・殺す気だったのかっ! 映路!」 今の今まで、どれほど酷く罵られようと、これほどにこの相手に対して軽蔑したことはなかった。 「こんな・・・こんなことはしないって、信じてたのに!」 そう、心のどこかで、まだ信じていたから。力の使い方を光良に教えた師匠の正しさを。幼い光良に向けられた優しさを。 「最低、だ・・・最低だ、お前!」 これ以上ない失望とともに、気付く。・・・今になってもまだ、この男のことを、信じていた自分に。その愚かしい思いに気付いてしまった光良は、涙をこらえてうつむく。 「・・・もう、知らない。お前なんて、死んじまえ!」 ――そう、殺そうと思った。自分の心の中から。この人間の、優しかった、温かかった昔の思い出。信じていた部分、全てを。 「俺の前に・・・俺達の前に、二度と姿を見せるな。死んじまえ、映路っ!」 ・・・今度会う時、映路は死人だ。死んだヒトのことなど、もう知るものか。 映路は光良の剣幕に押され、その場を去った。またすぐ、性懲りもなく光良を嘲りに来るかもしれない。・・・でも、もう二度と会わないかもしれないと、その小さな背中を見て、感じた。
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