<月> 四章 “合いの子” 2
それぞれが緊張したまま、帰り道を急ぐ。 光良と映路の因縁を知っているレオとヒビヤは光良を心配そうに見て、それを知らないクスハは怯えた表情で時折周囲を見回す。カノンはずっとうつむき、やや後ろからついてくる。前に進むのがつらそうに。 そのうち、カノンが歩みを止める。気付いたクスハが立ち止まり、男三人もほぼ同時に足を止めた。 「・・・カノンちゃん?」 クスハの呼びかけに、カノンは震える声で呟く。 「・・・ずっと、あんなこと、言われてたの?」 それは小さな声で、聞き取りにくい。だが、その言葉を向けられた対象は、正確に聞き取り視線を落とす。ああ、と頷く。 「・・・平気だ。もう、慣れた」 光良の言葉に、カノンは突然、顔を両手で覆って泣き崩れた。 「カノ、ン・・・?!」 光良はぎょっとする。怪我でもしていたのかと思う。 「どうした、大丈夫か?!」 光良一人が近寄る。その背を見る三人もまた、カノン同様泣きそうな顔をする。・・・大丈夫かと、一番声をかけられるべき者が、それでもヒトを思いやる。 「ご、めん・・・ごめんなさ、ごめ、んなさい、コウ、君・・・ごめん、なさい」 うずくまって泣きじゃくり、謝り続けるカノン。その肩に恐る恐る手をかけて、困惑しきってレオ達に助けを求めれば、彼らは一様に首を横に振る。 「・・・木崎君。カノンちゃんを、どこか静かな場所に、連れてってあげよう?」 クスハだけがどうにか助け舟を出し、光良はぎこちなく頷く。カノンの肩を抱えるようにして立たせ、近くにあったと記憶している公園へ向かう。逆側からはクスハが支え、レオとヒビヤも後に続く。 数分かけて公園に着き、ベンチにカノンを下ろす。クスハが何事か小さくカノンに囁きかけ、カノンはやや躊躇った後、それにうんと答える。 「木崎君・・・私達は、帰るね。カノンちゃんを、お願い」 そのまま他二人を引きずって身を翻すクスハに、光良は慌てる。ちょっと待てと引き留めようとする光良を問答無用で置いて、クスハは公園を出ていく。クスハに引っ張られたレオとヒビヤは戸惑った顔をしつつも、それに大きく抗いもせず、心配げな顔のまま去っていった。 「・・・どうしろって」 いうんだ、と頭を抱えた光良は、ああもうと半ば逆ギレし、カノンを睨む。 「何だよ、何なんだよ一体。どうしたんだ、お前」 戸惑いと苛立ちで声を荒げる光良は、荒々しくカノンの隣に座る。 「話せよ。・・・どうしたんだよ、いきなり」 どうしたらいいのかわからない。泣いているヒトを慰めるなんて、光良にはできない。それでも、カノンが泣いていると調子が狂うから。・・・泣いている姿など見たくないから。 「・・・コウ、君。ごめんね」 カノンは謝る。謝り続ける。意味がわからない。思えば、初めて会った時から、この女は意味がわからない。がりがりと頭をかきながら、 「何で謝んだよ。お前が俺に、何かしたか?」 訊く。何もしてないと返事があると思っていたから、間髪入れず、したよと言われ、一瞬間が空く。 「・・・はあ? 何を」 胡乱げな顔で問えば、カノンは膝の上に置いた両手でスカートをしわになるほど掴む。 「したよ、ずっと、今まで、してきた。・・・ねえ、私、コウ君がこれほどひどい目にあってるって、知らなかった。こんな、何年も、酷いこと言われてるって」 知らなかったんだよ、と涙をぽろり。真っ赤になった顔を、光良に向ける。 「ごめんね、コウ君。・・・庇ってあげられなくて、見捨てて、ごめんね」 友達だったのに。大切な大切な、友達だったのに。 そう、言われ。・・・思い浮かんだ過去との符合が、信じられなかった。 「まさか、お前。・・・お前」 光良はカノンの顔を、じっと見つめた。・・・知っている気がする。いや、知っている。面影が、ある。心の底に封じたはずのその名が、ふと心に浮かび上がる。 「・・・おとね、か」 カノン――市花音子は、答えの代わりに、くしゃりと笑った。
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