fate and shade 〜嘘と幻〜

〈月〉   四章 “合いの子”   4





 イチバナオトネ。光良の同級生。小学校の五年の時同じクラスで、女子の中では仲の良い方だった。オトネちゃん、コウ君。そう呼び合っていた。活発的なショートヘアで、よく笑いよく怒る、そんな子どもだった。

 オトネという少女は、この数年間で、大分雰囲気を変えた。髪が伸びた、背が高くなった。すらりと伸びた細い腕と足、わずかな胸のふくらみが、女を強く感じさせる。子どもの時は男の子のようだったのに。

「カノン・・・そうか、花音、か」

 市“花音”子。間の二文字をとって、カノン。それに気付くと同時に、脱力する。

「お前・・・何で言わないんだよ」

 全く気付かなかった。姿を変え名を変え何年も会わずにいれば、わかるはずない。わかっていたら・・・わかっていたら、どうする。

 どうするんだと考え込みそうになった光良の思考を遮るように、オトネはぐすっと鼻をすすり、言えるわけないよと恨めしげな目をする。

「だってコウ君・・・恨んでるでしょ」

 首をひねる。誰を。オトネは答える。私を。

「・・・私とか、皆。コウ君がどうして喧嘩することになったのか、言わなかった、守らなかった、私達のこと」

 恨む? ・・・それは違うと思い、首を横に振る。

「・・・別にそんなことはない」

 オトネもまた、激しく首を振る。

「嘘だよ。恨まないはず、ない」

 そう強く言われようと、恨んでいないというのは本当だ。間違いない。

「恨んでも、しょうがない。・・・俺もお前も他の奴らも、子どもだったんだから」

 悲しくはあった。皆が光良を遠巻きにして、背を向ける。それが悲しくて、つらかった。・・・“運命”と言った父親ですら、光良を見捨てたことが。

 子どもでも善悪は判断できると視線を落としたオトネは、深呼吸をして、息を落ち着ける。光良は月の上がり始める空を見て、不満のような問いを続ける。

「・・・で、恨まれてるかもしれないのに、何で俺に、近付いた?」

 オトネは光良同様ぶすっとした顔で、

「私、中学二年の途中でここに来て、コウ君が同じ中学にいること、割と早く知ったの。・・・でも、会わないでおこうと思った」

 会うのが怖かったし、今さら謝ってどうするとも思った。過去は戻らず、光良を傷付けた罪が消えるわけでもない。

 そんな折、光良がいなくなった。夏休みが始まってすぐから、学校が始まって数日経った頃まで。長期休み中のことだからそれほど話題にはならなかったが、全く噂にならないわけでもなかった。光良はまた、学校で有名になった。

「会わなきゃって、その時、思った。・・・あの日あの場所で会ったのは偶然だけど、会ったからには、守ろうと思ったよ。いわれのない言葉とヒト達から、今度は、ちゃんと守ろうって。守りきろうって、そう思った」

 オトネはばっと空を仰ぐ。

「守れてると思ったよ! ・・・でも、全然、守れてなんかいなかった!」

 馬鹿だ私、と涙を一筋、また零す。

「何が、守るだ。・・・コウ君はずっと、あのヒトにあんなこと言われながら、同じ場所で戦ってた!」

 見捨てて逃げた。そんな私が何を守れてたっていうんだろう、とオトネは強く空を睨む。

「私、あれからずっと、髪を伸ばしてる。あの日のことを忘れることがないよう、自分を決して許さないよう、戒めとして」

 震える声を張り上げて、

「カノンって名乗ってるのだって、そうだ。私はもう、あの頃の“オトネちゃん”にはならない。絶対、絶対に」

 けれど、気持ちと行動は空回りする。そんな己に歯噛みするオトネに、光良は・・・ありがとう、とそう思った。

「もう、いい」

 ・・・心の底から、そう思う。もう、十分だと。

 訝しみ視線を向けるオトネに、ため息一つ、笑みを返す。

「お前は、オトネでいいよ。カノンになんて、ならなくても。今、ここにいてくれるなら」

 年月を示す長さとなった髪を手に取り、光良は囁く。

「・・・ありがとう」

 ――ダレカが、自分を想ってくれた証。手で触れ目で見られる、その絹のような感触を、心地よいと思いながら、知らず口にする。

「・・・綺麗だ。切らないでくれよ、オトネ」

 オトネは真っ赤になり、口をぱくぱくさせる。

「・・・っ、不意打ち、ずるい!」

 光良の指で梳かれる髪を取り戻し、オトネは仁王立ちする。

「・・・私、帰る!」

 叫び、歩きだす。呆気にとられた光良はその背をしばらく見つめていたが、やがてため息をつき、

「待て。送ってく」

 立ち上がり、追いつき、横に並ぶ。オトネは赤い顔のまま、

「・・・いいよ」

 そうぼそりと言うが、光良は不機嫌そうな顔で、

「よくない」

 そう返す。

 ・・・何やら言い争いながら歩く二人の、隔たった年月は、今この瞬間から、何か新しいモノで、埋め直され始めていた。

 

 

 何かに白か黒をつけるのは、はっきり言って、難しい。

 ――そしてまた、時には愚かしいことだ。




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