<月> 五章 “人の子” 2
会えたら何を言おうとか、考えなかったわけではない。でも、しっくりくる言葉は、一つもなかった。 言葉は、万能ではない。どの言葉にだって、伝えられる想いと、伝えられない想いがある。寂しい、辛い、嬉しい、楽しい。当たり前の言葉がある限り、言葉の外にあふれる想いは、ほんの欠片ほどしか伝わらない。 それでも、話さなければ、伝えることすらできないことを。 ・・・話そうと、思っていた。もし、もしも、もう一度会えたならば。 厚い雲に覆われた空の、そこだけがぽっかりと空き、月がある。驚くほど真ん丸い、冴え冴えとした白の月。 職員室の窓を割り校内の鍵を手にし、駆け昇った屋上からは、そんな空が見える。光良は荒い息を整える間も惜しみ、大声で叫ぶ。 「おいっ! いるのか?! 返事しろ!」 しんとしたまま、誰も答えない。光良は何度もおいと呼びかける。 「なあ、返事してくれよ・・・!」 懇願するように言う光良の、脳裏にある姿。・・・コウ、と光良を呼ぶ声の主は、幼い子どものようにやや舌っ足らずな発音をする、黒い、精霊。 「メシアっ!」 叫ぶ。いるなら応えてくれ、と。 『・・・コウ』 その呼びかけに、ようやく声が返る。 「メシア?! どこにいる」 声はすれど、姿は見えず。周囲を見回す光良は、小さな黒い精霊の姿を必死で捜す。 『コウ。・・・ねえ、コウ。会いたい?』 声の問いに、光良はわずかな間もなく頷く。 「当たり前だろ! 会いたいに、決まってる!」 出てこいメシア、と叫ぶ。会いたいに決まってる。メシアにも・・・シルフィラにも。 『うん・・・そうだね』 声は相変わらず姿を見せない。どこもかしこにも目を走らせる。凍えるような寒さで、痛いほどの気温と雪にさらされ色を変え始める指先。それを、あがくように空に伸ばす。 『・・・ねえ。たった一度きり、もう二度と会えない、話せない。それでも、コウは会いたいと思うの?』 伸ばした手を下ろし、体の横でぎゅっと拳を握る。 「一度でも、一瞬でも、会いたいんだ。・・・それがたとえ、最後でも」 沈黙した声は、しばらくして、くすりと笑う。 『敏いね、コウ。そう、最後だよ。それも、そんなに長い時間はとれない。・・・でも、やっぱり会いたい? 話したい? シルフィラを見て、つらくはならないの?』 ならない、と言い切る。・・・言葉に出すことで固まる決断もある。そう、どれだけシルフィラのことを思おうとも、あの世界には、もう二度と行かない。 『そっか。・・・じゃあ、悔いは、残さないで?』 ――そして、想いは、呆気なくつながった。
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