fate and shade 〜嘘と幻〜

<風>   二章 “ヒト違い”   1





 いつもの通り、ここは酒場。ある程度の規模がある町なので、席数もそこに座る人の数も行き交う乱雑な言葉も幅広い。一際大きい声で笑っているグループの話はよくある武勇譚(ぶゆうたん)で、やれ先日は身の丈が木の高さほどもある魔獣を倒しただのオレは盗賊団を一人で壊滅させたことがあるだの、ウソかマコトかわからない微妙な内容。酔って気が大きくなったモノには、ままあることではある。

 そんな騒々しい酒場の一角、そこではまだ頬がやや赤らむくらいしか酔いが回っていないモノ達が、椅子に机に行儀悪く腰掛け、内一人の語り手相手に下卑た笑いを返していた。

「あれはぜってぇ、オレにホれたね!」

「バカ言うな! ひでぇ面してなに言ってやがんだ」

「そうさな。そんな、ツブれた果物みてーな鼻、誰が好きになってやるんかね」

 そうだそうだ、数名が賛同し、鼻だけじゃなく色々ひしゃげてるんだろうよ、そう中傷じみた言葉を吐いたモノもいた。また、いやそんな顔でも好きになるオンナはいる、となぐさめてるんだかどうなんだかわからない言葉を力説するモノもあった。実際、語る男の鼻は横に大きく広がり、ツブれて、唇の端を吊り上げた形で右半分が上に引っ張られ醜いとも言える顔立ちだ。生まれつきか、怪我か・・・名すら知らない賞金稼ぎ仲間に、話題提供以外でそれを尋ねる必要はない。今の所、話のネタは尽きない。

「いや、ホれたねっ! ああいったオンナは、強いオトコに惹かれるもんだ。“私が探してるヒトも貴方くらい強くなっているのでしょうか”ってそうも言ったんだぜ!」

「そりゃ、ノゾミ薄じゃあねぇか?!」

 違いない! そこかしこに展開するバカ騒ぎの塊の一つでどっと笑いが起きた。ひでぇな! と怒ってみせる語り手もバカではない。これ以上の話題継続はしつこいと引き際を見定め取り下げた。すると、また別のオトコが別の話題を出してくる。こんな風に、誰かが自ら道化となり、他のモノ達で面白おかしく笑いたてる。これが酒場のルールだ。

「いやさぁ、オレの相棒、頭がキレて腕も立つのに、たった一人の女相手にビビってんだ。情けないよな。オトコならさ、こう、立ち向かってくるモノを抱きとめてやるくらいの度量がさぁ・・・」

 また別の塊では、一人の若者がひどく嘆かわしげな様子でそう熱く語っていた。

「怖いから逃げて逃げて逃げ続けて、それでもまだ逃げようとするんだぜ? しょうがないよなー。オレが背中を押してやらねえとダメダメだぜ!」

「・・・陰口は本人がいないところで言うのが賢い選択だと、俺は、思う」

 絶対零度の声、突き刺さる気配。びくっ! と肩を震わせたガディスは恐る恐る振り返って・・・見下ろしてくる青灰色の瞳に宿る殺気のごとき鋭さに、心の中で悲鳴を上げた。

「シ、シン・・・。先に部屋、戻ってたんじゃあ・・・?」

「店が閉まるにはまだ早い。買いだすものがあれば、行ってこようかと思ってな」

 お前も存分に飲みたいだろうからな、たまには俺が・・・。その気遣いが恐ろしい。背筋が粟立つような優しい声音と計算されたように完璧な微笑に、ガディス、即興の話し相手達全員がずるずると後ずさる。

「どうだ、ガディス。何かないか?」

 今は機嫌が“いい”から、おごりだぞ。また、笑う。

「怖い怖い怖いー・・・!!!」

 正直に告げてしまうガディスの口。後悔先に立たず。ぴくりと唇の端を痙攣させたシンは、それでもまだ微笑んで、

「怖いなんて、ひどいだろう、ガディス。ヒトの親切を踏みにじったり、ヒトを酒のツマミにしたり、そんなことばかりしてると・・・」

 ・・・呪われても、文句は言えないぞ。

 ――笑顔が、笑顔が非っ常に怖い。ガディスは一瞬、殺気のような怒気のようなモノに切り裂かれて血を噴出す自分の幻を見た。

「ごめ・・・」

「・・・別にいいけどな。何もないか」

 青ざめたガディス。ふっと口調を和らげたシンは普段通りのやや不機嫌に見える表情へと戻り、もう一度尋ねる。ない、と返って一つ頷き、

「じゃあ、俺は町に出てくる」

 単独行動バンザイ。ここは、一階が酒場、二階が宿屋の兼業店。大きな町には時々ある。酒場が遅くまで開かれその喧騒がそれはそれはやかましいので、宿屋の価格は安く設定されているのが特徴だ。シンは酒を飲まないし、情報を聞き出したりヒトと話したりするのはガディスの役割なので、夕飯を食べたら二階に引っ込んでいたのだが・・・ちょうど運悪く、ネタにした時に下りてきてしまったのだ。

 本気(マジ)で有言実行することのある相棒の言葉に、冷や汗。平気だよな、ちょっとは丸くなってるよな、約一年前の出来事を思い出し・・・、いやでもまさか、と自分に言い聞かせ、ようやく周囲を見る余裕が出来ると・・・。

「あ・・・」

 自分を中心に半径三メートル範囲から人がいなくなっていることに、ようやく気付く。

「・・・ドン引き?」

 概してヒトは、受けなくていい困難を全力で避けるモノである。




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