<風> 二章 “ヒト違い” 10
はじめましてと挨拶し、何事もなかったように酒を一杯飲み、シルフィは帰っていった。 夜も更けて。紅刃と白刃が重なりつつある月夜、街灯や酒場の光が地上ばかり染めていた。 「・・・」 無言が続く。“はじめまして”を食らってから、シンは一言も発せず黙り込んでいる。 「えっと、ヒト違い、とか・・・」 そんなはずはないと理解していながらも、そう言わずにいられない。 「・・・」 あまりに信憑性のない言葉に、無言は途切れない。 ――間違いなく、シルフィはあのシルフィラだ。 シン・・・シンパスに、一目で気付いた。驚きで目を見張った。それからひどくゆっくり笑みを作り、“はじめまして”と・・・。 「うっわ、意味わかんねぇ・・・」 探しビトが見つかっても、シルフィラは知らんぷりを決め込んだ。宿屋に帰っていくその時にだって、シンパスを探していると言い置いていったのだ。 「ワケわかんねー」 目の前にいるのに。一度は気付いたのに。 だから、シンがショックを受け、悩んでいるのだ。第三者にわからないのはいいが、当事者ですらわからないのだから。 ・・・弱いのに、シンは酒を飲んだ。度数が強く後味の悪い酒を選んで。 朝、街は活動を始める。市が立ち、店が開き、暮らす人々は一日を歩み始める。この中には、ミドル爺の姿もあるかもしれないしないかもしれない。雑多なヒトがうごめく通りに、たった一人の姿を探すのは難しい。 けれど、確実に言えることがある。 唇を噛み締めたシンの横顔に、ガディスは昨日会った彼の、その笑顔を思い出す。作ったような完璧さの中、感情がいくつもひしめいていた。 ――朝になり、女魔術師シルフィはすでにいなかった。夜が明ける前に発ったと、情報屋の踊り子から聞いた。二人は、追うことに決めた。 そして、追いかけられる立場から追いかける立場へ。それでも、踏み出した足を止めようとは、今更思いもしなかった。
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