<風> 二章 “ヒト違い” 9
わざと、遠回りをした。ガディスは気付かれないように大通りを避けて裏道ばかりを選び、シルフィは気付いているのかいないのか、それを追及しない。 自身の宿屋に近くなった時、頃合を見計らってガディスはこう提案した。 「なあ、少し飲まないか? 俺相棒がいるんだけど、下戸なんだよ」 シルフィはこう返した。 「私も弱いですよ。見たところ、ガディスさんは強そうですわ。私じゃ役不足でしょう?」 断った。だがそれは予想の範疇。多少強引に思える程度で、 「いいって! 相棒とさ、三人で飲もうぜ。一杯くらい飲めるだろ? 別に、一晩飲み明かそうなんて言ってないんだからさ!」 シルフィは困ったように微笑んだが、結局、じゃあ一杯だけ、了承を示した。 おしっ! と心の中でガッツポーズしたガディスの目的など、微塵も気付いていなかった。 じゃあ呼んでくるから、ガディスはとんとんと音を立て階段を上っていった。それを見送って、短く小さなため息を吐く。 困ったな、とは正直な感想。急ぐ旅なのに。ヒトと関わりあいたくない時なのに。けれどヤケになって断るのは逆効果だし、急がば回れともいう。多少のロスは仕方がないことなのだろう。自分を納得させる。 「シルフィ、つれてきたぜ!」 階段を下りつつこちらに呼びかける声。作りなれた微笑で向かえ・・・ようとして失敗した。驚愕に目を見開く。そしてそれは、相手もまた同じこと。青灰色の切れ長な目をいっぱいまで開いて、表情を固めてこちらを見つめてくる。 一瞬、時間が止まったようだった。 「・・・シ、」 異物がつかえたような喉からかすれた音が意味を伴って飛び出そうとする。慌てて押し留めた。 イケナイ。 混乱を来たす頭の中に、その言葉だけがぐるぐるする。 いけないのだ、今はダメだ。まだダメなんだ。 見つかってはいけない。見つけてはいけない。今はダメ。今だけはいけない。そしてシルフィは・・・ごく自然に人工的な笑みを浮かべて。 「はじめまして」
|