<風> 二章 “ヒト違い” 4
翌日の昼過ぎ。サフス村に入った二人は、村の中がどこかざわついていることに気が付いた。 「盗賊が攻めてでもきたか?」 「・・・違うようだがな」 村の中は他の農村と同じく、穏やかで静かだ。何一つ危険は感じられない。ただ、多くの村人が農作業や家事をする手を止めて、ある一点・・・村長の住まいを見つめている。 「あの、すいません」 「! ああ、なんや、あんさんらか。驚いたわ、いきなり話しかけんでや」 適当に声をかけた相手は、偶然見知りあいのおじさんだった。何があったんです? と訝しさ全開で尋ねれば、いやね・・・とおじさんもどこか困惑したように、 「盗賊退治の依頼出してたやん。知っとるね?」 はいと頷けば、おじさんはそこらへんの説明を一切省いて、はきはきわかりやすく語る。 「依頼見たって来てくれた女性がいてんけど、帰ってこないんよ。そろそろ一日半経つかね。しかも、森の、アジトらへんの様子が変やて、様子見に行った若者が言っててなあ・・・。今、長に詳しいこと話しとる」 二人は思わず顔を見合わせた。ちょうど昨日も、似たような事態に遭遇している。追ってきたのだから当たり前といえば当たり前なのだが・・・。 「おじさん、その女性って、魔術師?」 「はいな」 「金髪灰目の美人」 「はいね」 「・・・シルフィって人」 なんだい、知り合いかね。その一言が条件の符合を確実に示す。 「いや知り合いってほどじゃないけどね。うん、ありがと、おじさん」 ガディスが人当たりする笑みで話を切る。二人は村人達に聞こえないくらいに距離を取り、額を寄せ合ってこそこそと、 「どうする、シン」 「どうするも何も・・・」 「村長に話し訊いてみる?」 「それはだめだ。シルフィ・・・さんが盗賊退治に成功していようと失敗していようと、俺達には無償奉仕する理由はない」 ガディスが微妙な表情となる。 「無償奉仕・・・って」 どこからどう話が飛んだかわからない。話を訊くだけで? 尋ねると、当たり前だろとシンは呆れ気味に説明してやる。 「シルフィさんについて訊く。知り合いと思われる。退治に失敗していた場合、俺達が引き継ぐことになる。成功していた場合、安否の確認に駆り出される。どっちにしても知り合いのよしみだとかなんとかで、雀の涙程度の謝礼しか出さないだろう。知ってるだろう、ここの村長は、かなり、したたかだ」 ああー、よしみね、頷く顔に苦笑いが浮かぶ。 ――こんなことがあった。 サフス村ではなかったが、これまたよく災難に見舞われる、山のふもとにある村で、農業でなく牧畜、そして特産の果樹を育てて生計を立てていた。 ある日、その大切な、いないと生活に直接影響を及ぼす家畜をごっそりと盗まれた。二人はちょうどその場に居合わせて、依頼を聞いて数日後集まった二、三人ほどと、最初の日に家畜の足跡をたどってあてをつけていたアジトに奇襲した。盗まれた家畜の数から大人数を予想していたが、どうしてたったの七人で、しかもまだ十代の子供ばかりだった。貧しさゆえの犯行だった。争いなく倒伏した彼らは、数日のうちにいなくなった家畜の半分近くを食べてしまっていて、しかも言い分によると「一匹だけ盗んだら、他のもついてきた」とのこと。賞金稼ぎ達にはどうしようもなく、被害者に判断を委ねようと彼らと残りの家畜を村につれていき、その分の謝礼を要求したところ「家畜が半分しか帰らないから、依頼達成していない。ビタ一文も出してやらない」とのこと。後から来た組には申し訳ないが、言い合いになるのもバカらしく二人は早々離脱して旅を再開した・・・と。 どう転んでも苦い思い出だ。ヒトというのはズル賢く計算高いのだと、その時はじめて理解した。 「うんと・・・じゃあ、どうするんだ? シン」 そう問われると困ってしまう。何が起こったか自分で確かめるのも手だが、情報一つなく行動に移すのもどうか。また、シルフィの後を追っかけてきただけだから、依頼を受ける気は毛頭ない。 シンは軽く考えてみて、すぐどうするかを決めた。歩き出す。ガディスは黙って後ろに続く。村人達の視界に入らないよう大回りして、村長の家の裏についた。 「シン?」 「黙ってろ」 何をするのかと呼びかけるが、説明してはくれなかった。ガディスが不満げに唸っていると、シンは家の壁にぴったり張り付いて、すすすと動きつつ、木造の隙間をたどる。そこまで見ていて、ピンときた。 「隙間広げるのか?」 シンが指先で、一番広い隙間をなぞった。目だけで振り向いて、静かに笑う。 「頼む」 意図を理解すれば行動は早い。ガディスは腰の剣を音もなく抜き払って、す、と狙いを定めて・・・振り切った。 隙間と平行に切れ目が入る。隙間と切れ目を板に穴を開ける要領でつないでやると、少し押しただけですんなり動き、向こう側に木片が落ちた。カラン、と小さな音が聞こえたが、どうやら中では気にされなかったらしい。どかどかと床を踏み鳴らしイラついた様子で、何か怒鳴っているのが聞こえた。 「お見事」 「それほどです〜」 間違った言葉の用法。突っ込まずムシして、シンは隙間に耳を寄せた。さっぱりムシー悲しい俺ー、とふし付きの独り言を歌ってから、ガディスもまた耳を近づけた。 「、しは、森を焼き払えなどと、言っとらんっ!!!」「、長、焼いてません。木が切れてるんです」 「同じ、ゃっ! わしは、盗賊をこらしめてくれと言っただけじゃ!!」「魔術師で、から、アジトごと壊滅するのが一番安全で確実な方法だったのではと推測しますが・・・」 「そんなの知らんっ!!!」 そんなっ! 愕然とした一言。若者は押し黙り、村長の愚痴だけがグチグチと響く。 「・・・二人一緒に話し出して、よく会話になんな」 「・・・俺も、そう思っていたところだ」 着眼点が違うが、全く一緒に話し出してキチンと続く会話など、相手の言葉を確実に予測でもしているか、慣れているかでもしないと出来やしない。すごいと思うのは仕方ないことかもしれない。 「、の、シルフィとかいう魔術師、良くない感じはしてたんじゃ! まさか森ごと滅するとは・・・っ!!」「、から、その一角だけで、森の被害はそれほど大きくないですってば! ちょっとは魔術師さんの心配してやりましょうよー!」 「そんなの知らんっ!!!」 そんなっ! 若者、再び押し黙る。 「もしかして、数言ごとに繰り返してるんじゃないのか・・・?」 ぽつりと呟いたシンは、たぶん間違っていないだろう。エンドレスな会話を予想して、たいした情報は手に入りそうもないと二人は壁から耳を離した。さらに距離をとって、どちらともなく歩き出しながら、 「森ごと破壊。間違いなくシルフィ。現在行方不明。これ以上、情報があったか?」 「ねえな」 役に立たない、内心ボヤく。不満げなシンに、ガディスは唇の端を笑みの形にした。 「情報はねえけど、ちょっとした予測が出来たぜ」 なんだと問えば、瞳ごと笑みに変えて、 「今年の冬、村長は隙間風に悩まされるだろう」 点点点、と間をあけて。シンは破顔した。
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