<風> 二章 “ヒト違い” 5
「・・・なんだこれ」 眼前には異様な光景が広がっていた。 破壊。この一言がよく似合う。 盗賊は、ここいら一帯にあった遺跡をアジトに使っていたようで、石で作られた遺跡の入り口は、向こう側の暗闇にヒトを誘い込もうとするように黙して座している。だが、その石組みは大きく傾き崩れて、硬い石の表面には苔と、何かにひっかかれたかのような鋭い跡が長々と残る。 周囲の木々が遺跡を中心にして半ば倒れ、地中から表へと根の一部を露出させる。幹肌に鋭く、真新しく、痛々しい傷跡をつけて。 土が浮き上がっている。いや、ひどい風に吹き上げられてあたかも波打ったように、円を描いて地面が抉られている。 「・・・魔法、なのか?」 人為的にでもない限り、ありえない現象だ。魔法。先にここへ来た者を考慮に入れるならそれが一番ありえる可能性だが、 「魔法で・・・ここまでのことが出来んのか?」 ガディスがいぶかんだように、そうだとしたらすさまじい威力である。 古くから残った丈夫な石組みを壊す。石の表面にはっきりとした跡をつける。木々をなぎ倒す。深々とついた幹の傷。円を描いてめくれあがった大地。そんな、破壊活動。魔法を使えない二人に確実なことは言えないが、こうした現象を簡単に起こせてしまうのが“魔法”だとしたら、あまりに、危険すぎやしないかと。 躊躇しつつも足を踏み出す。現象の中心になっている遺跡に近付くと、二人は周囲に残された爪痕に目をやりながら、なにがしか魔術師の痕跡を探した。 「・・・シン! こっち来い!!」 ガディスが叫ぶ。シンは早足で近寄り、しゃがみこむその横に立った。 「何かあったか?」 「これ」 「これって・・・え?」 示されたモノを見て、一瞬血の気が引いた。 「・・・血、か?」 ごく小さな水溜りのように地面に広がったそれは、赤黒く粘質で、木漏れ日に照らされて陰影を作る。 「あっちに・・・続いてるみたいだ」 硬直したシンを置いて、真剣な表情をしたガディスは、視線を前方にやる。血痕を追って、ゆっくりと進みだす。 血は、初めこそ溜まりを作っていたが、後はぽつぽつと跡を残す程度のもので、出血が酷いわけではないとわかりシンの肩から力が抜ける。 下を見ながらガディスについていったシンは、彼がちっと舌打ちするのを聞いて顔を上げた。 「どうかしたのか?」 「ダメだ、途切れてる」 なるほど、血痕の続く先に、小さな小さな流れがある。湧き水だろうか、入っても足首がやっと埋まる程度の深さしかない。ここで傷口を洗い、手当てをしたのだろう。この先に血の跡はない。 「だめ、か・・・」 この血が誰のモノかはわからないが、手がかりが途絶えた。落胆したシンはそれでも諦めきれず、小川を越えて数歩、向こうに歩いた。 「何かあるか?」 「・・・なさそうだ」 けれど、目につくところには何一つおかしなものは見当たらない。ただ青々として静かな森が広がっているだけだ。 ため息をつきつつ振り返ったシンはその時、何かキラリと光るものを見た気がして立ち止まった。 先ほどから、少し風が吹いている。微風、気にしないと気付かないほど緩く弱い風だ。 風の中、また何か輝いた。シンは視線を細めて、それに近付いた。 ・・・髪だった。長い髪はほんの一本だけ枝のささくれにひっかかって、ざわめいた葉が太陽の光をまばらに差し込ませるたび、反射して光る。 鈍い金色をしていた。純粋に金、というにはやや灰色がかって、だが間違いなくそれは金だ。自らきらきら輝きはしないが、陽光や炎に当たればきらりとする鈍金色だ。 「手がかり、見っけ?」 ガディスがにっと笑った。 「らしい、な」 そしてよく調べれば、手折られた小枝や踏みつけられた下草。 川の下流に続く痕跡。間違いなく、魔術師シルフィはここを通っていったのだ。 「おし、たどるぞ」 こくん、と一度頷いたシンは、見落としてしまうほど微かに残されたシルフィの跡を、慎重に慎重に進んでいった。
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