fate and shade 〜嘘と幻〜

<風>   二章 “ヒト違い”   6





 夜も近くなる頃、夕焼けの中、痕跡が突然途絶えた。二人は街道に行き着いていた。

「跡が消えた・・・いきなり?」

「いや、多分この先の街に行ったんじゃないかと思うけど・・・」

 自信なさそうにガディスが指差した方向に街があったか考えて、シンは思い至る。ここらで一番隆盛を誇る町、ラーデ。トラードが交易の町として知られているように、ラーデもまた隊商の行き交う街だ。トラードが北なら南といったところか。どちらにしても、大陸の中心からはやや左にズレているが。

「ラーデか。・・・サフスから、随分近道をしてきたな」

 サフスからラーデまで、街道を通ると三日弱。途中道が大きく迂回しているからそれだけかかるのであって、森を突っ切れば一日ほどで着くということだ。

「もしかしてさー、近道しただけじゃねぇ?」

「あながち否定できないが・・・」

 魔術師シルフィと依頼人達の、知っている限りのやりとりから連想するに、シルフィはあまり金にがめつくなさそうだ。案外、親切心から依頼を請け負っているのかもしれない。そして今回、ちょっとやりすぎたから逃げたというだけなのかもしれない。・・・それはそれで問題だが。

 星が輝きだす頃、二人はラーデに到着した。

「捜す?」

「・・・闇雲に歩き回るか、この街を」

 シンは呆れて聞き返した。

 南の交易拠点なだけあって、ラーデは広い。たった半日、二人で歩き回って一人の人間が見つかる可能性は、五分もあるかどうか。

「情報探せば?」

「確か、懇意の情報屋は店をたたんだと思ったが」

「あっちゃー・・・そっか」

 情報屋。こうした町には四人、五人や十人はいるものだが、たいてい、ある程度の実績(この場合は利用回数や知名度)がない限り金を払ってもろくな情報を教えてくれない。もちろん、良心的で誠実な、金に見合った情報を与える者もいるのだが・・・彼らが懇意にしていた後者に当てはまる情報屋は、寄る年波のために引退してしまった。

「また明日の朝には出てしまいそうだしな・・・」

 寸暇を惜しむように、シルフィは急ごしらえの旅を続けている。夜が終わるまでが勝負だ。ガディスは近くを通りかかった男を捕まえて、試しに訊いてみた。

「なあ、あんた。シルフィってヒト知らないか? 鈍い金髪に灰色の目をしてるんだけど」

「ああ? 知らねぇよ」

 ぞんざいな態度だが、本当に知らないのだろうし、元々知ってるという言葉を期待してはいない。ありがとさん、とすぐ解放した。男は向こうの角を曲がって去った。

「知らないって」

「一発で知ってるやつに当たる方が、俺は怖いがな」

 それもそうだよなー。悠長なガディスにため息一つ。

「・・・でも、困ったな」

 とりあえずどっかの情報屋でも探すか、それとも地道に聞き込むか、弱るシンにガディスが提案しようとしたところ、第三者の声が割り込んだ。

「久々だな、お主ら」

 え? と視線を下に移す。話し込む二人の間に、非常に背の小さな老人が、ぼさぼさで黒髪混じりの白髪から青空みたいな瞳をのぞかせて、面白そうに笑っていた。

「い、いつから・・・」

「ん? ほぼ最初からじゃな。お主ら、ボケてるの。前々から思ってたが、本当に賞金稼ぎか? そのわりには血気盛んな若さがない。老人化か?」

「地道なだけだ!」

 シンが怒鳴る。冷静な彼でも、年齢が絡むと怒るらしい。ほっほと笑う老人は、しかもそれを予想していたようだ。侮れない、ガディスは苦笑い。シンは怒鳴ってしまったことを恥じて唇を噛んだ。

「爺さん・・・引退したんだろ?」

 なんで? シンの疑問にガディスが続け、爺さんこと情報屋ミドルは、好々爺然とした笑みを浮かべ、まあなと答える。

「じゃあどうして?」

「ここに住んどるからなぁ・・・知った顔があったから、声をかけただけじゃよ」

 なんだ、期待してソンした、という顔をしていたのだろう、老人は二人の腕をつねった。

「い、痛いって、爺さん!」

「折角の好意を無に帰そうというお主らへのバツじゃ」

「好意って?」

 冷静さを取り戻したシン、つねられた痛みをモノともせず訊く。

「好意は好意じゃ。お主らは善い客だったからな。困っていそうじゃから、新しい情報屋を紹介してやろうかと思ってな」

「教えてくれ!」

 即座話に乗るガディス。対してシンは、老人の顔をにらむように見つめて、不審そうだ。

「上手い話には裏がある、とか思ってないか?」

「それは、当たり前だろう」

「まあな。疑うことを知らなければ、手に入れた情報も使えぬからな」

 爺さんは疑われたことを気にしない。ガディスの素直さもシンの慎重さも認めて、その凸凹さがいいと笑う。釣り合いがとれている、と。

「じゃあ、紹介してやろ。・・・ま、常連さんには無条件で教えてるんじゃ。少し遊んでしまったよ」

 二人は遊ばれたらしい。ええー、爺さんそりゃないよ! ガディスの嘆きにかっかと笑い、一人ずつに、青と黒の石を編みこんだ麻紐を渡した。

「情報屋に見せよ。一度見せたら後は好きに使えばいい。一旦客として覚えればいらないものじゃからの。――いいか、ここから大通りを真っ直ぐ行って、一番奥右端の宿屋に入るといい。そこは一階が酒場になっておる。夜になれば踊り子が入るが、何しろ奥にあるからの。あまり繁盛しちゃおらん。お主らは、青い踊り子を探すんじゃよ。三人いるが、すぐわかる。その子が紹介する情報屋じゃ」

 さて、飲みにでも行こうかの。爺さんは用が済むとそれ以上は馴れ合わず、さらばじゃ、と笑みを深めて歩み去っていく。

「ばいばい、爺さん」

 ガディスはさもまた明日会えるかのように手を振るが・・・金輪際、会うことのない相手かもしれない。引退した老人の情報屋とこの広い街の中でばったり会う機会が、どれだけあるだろう。

「ありがとな、爺さん」

 だからこそシンも、感謝を述べた。二度と会えないかもしれない者相手に世話になった礼を忘れるほど、薄情でも恩知らずでもない。

「おう、達者でな」

 老人は最後に一度振り向いて、先ほどの男と同じように、向こうの角を曲がって消えた。




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