〈風〉 三章 “ヒト殺し” 11
向こうに街が見える。 「あれが・・・」 「トラード。交易の街だよ」 やっと着いた、と大して長くもない十日間、だが辛かったと耐え抜いた自分自身を誉めるガディス。シンパスも今この瞬間は考え事を中断して、到着の実感を味わった。 自然、三人とも早足になる。隊商を二つ追い抜かした。街の門がみるみる近付く。 「シルフィラ。質問していいか?」 「・・・いいよ。何?」 改めて尋ねられ、身構える。だがシンパスの質問はごく簡単なもので、 「どうしてここに来たんだ?」 「・・・あれ、言ってなかったっけ?」 「着いてからのお楽しみ、って自分で言っただろう?」 あ、そうかと得心して、久々の笑顔を見せる。 「待ってね、もうちょっとの間。すぐだから」 一人先行して、門をくぐる。人並みに盛る大通り、多くの人と物が行き会う光景はラーデの比ではなく、呆気にとられる。シルフィラはきょろきょろしながら数歩進む。そして、あれ、おかしいなと背後を向く。 そして、見つける。目が合うと、相手は笑った。シルフィラも、心の底から笑い返す。 「シルフィラ? 知り合いでもいたか?」 「うん! ・・・シンパスも、よく知ってる人だよ」 言われて目を向ける。門のすぐ横の壁に背を預ける青年。茶色い髪、目。どこにでもいそうな、ごく普通の彼。数拍置いて、シンパスは驚きのあまり息を止めた。 青年は身軽に近付いてきて、手に持った紙袋から果物を取り出し、シルフィラに投げて寄こす。よくやった、と声をかけたので、軽いねぎらいの意を込めた食べ物だろう。 もう一つ、同じ果物を取り出す。こちらはシルフィラの受け取ったものと違い、明らかに熟していない色だ。右手に持ったそれで、シンパスの頭をこんこんと叩く。 「久しぶり。よくも今まで逃げてくれやがったな。ほら、その礼だぜ、コレ」 食べたらしぶいだろう。促されるままに受け取ってしまってから、困る。食べたら? と言うシルフィラの清々しいほどの笑顔といったら! ちらりとガディスの方をうかがうと、はじめまして、俺ランっていうんだ、とこちらはよく熟したそれを手渡しつつ挨拶する青年・・・ランドールの笑み。 「・・・なんで、お前が」 「アイス以外は、皆いる」 なあ、シルフィラ、シンパス。カーヤがご立腹だぞ、と据わった目で輝かんばかりの微笑みを向けられたら・・・もう、謝らずにはいられなかった。 ごめんなさい、とほぼ直角になるまで腰を折った二人を上から見下ろすランドールの勝ち誇った顔。それを見て、ガディスの中ではまだ見ぬカーヤなる者が一番、ランドールが二番、と強者のランク付けが出来た。
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