<風> 三章 “ヒト殺し” 14
――朝になっても帰らない。 活気づいたトラードの街。慌てた幼馴染達に急かされて、ランドールは情報を探りに飛び出した。ランドールが情報屋をやっていると昨日の内に聞いたシンパスとガディス、二人に慰められる泣きそうなカーヤトッニ。彼らは、部屋で待つしかない。待つのは長く、辛いもの。 ガディスは結局いてもたってもいられず、宿屋の外まで出た。扉の付近で待っていると、市のたつ大通りの方からざわついた空気が漂ってくる。思わず近付き、尋ねる。 「あの・・・何かあったんすか」 「ああ、魔獣がな、街に入ってきたらしいんだ。北区の廃墟でな、一人、重傷で医者に担ぎこまれたヤツが・・・」 そこら中すごい爪痕で、地面が抉れて、壁も崩れたらしい。 その惨状にぴんとくる。いやな予感が心中に押し寄せ、ガディスは部屋へと駆け戻った。すでにランドールは帰っていた。ちょうど説明を始めたところのようで、ひどく険しい顔をこちらに向ける。 ガディス、とシンパスが名を呼ぶ。だが応えない。ガディスは真っ直ぐランドールを見て、 「・・・魔獣が、街に入ったと」 話を切り出す。途端、ランドールは顔を引きつらせる。・・・それは、答えだった。 「そう、なのか」 頷いていいものか、否定すべきなのか、判断に困ったように顔を背ける。 「とりあえず・・・聞け。断定はまだ出来ない」 けれど、シルフィラは北へ向かったんだ。爪痕、抉られた大地・・・それはここ最近、何度も目にした光景なんだ、と叫びたい気持ちで、ガディスの心はいっぱいだった。 ――深夜、ひどい轟音が響き、駆けつけた人々が見たのは、まるで魔獣による傷跡。そして、意識を失くし、自らの血で体中を染め上げた一人の男。 魔獣が出たんだ。 「これが一つ目」 ランドールのもたらした情報は大きく二つ。もう一つは・・・夜の明ける前に、一人の魔術師が街を出て行ったという証言。証人はその魔術師を知っていた。けれど、あまりに険しい顔をしていたので声もかけられなかったという。 シルフィラだったと、証人は告げる。何かから逃げているような剣幕だったと付け足す。 「何で、だ。一体、何なんだ、シルフィラ・・・っ!!!」 人の集まる街の中に、魔獣。そしてシルフィラの、失踪。 何が起きているのか。そのもどかしさに、シンパスは頭を抱えて悲痛な叫びを上げることしか出来なかった。 白刃と紅刃が重なる。 その時、世界が生まれ変わる。精霊が、喜びの歌を歌う。 繁栄を誇るヒトの世で・・・その夜だけは、精霊だけの楽園。魔獣すら眠りにつく、暁とともに霧散する儚い月の宴。 互いを傷つけるためだけに存在する刃にだって、冷たい肌を合わせ、痛みも悲しみも分かち合いたい、そんな願いは、あるのだ。
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