<風> 三章 “ヒト殺し” 2
もくもくと煙が立つ。シルフィラが逃げてから早三日、シンパスは焚き火からたつ灰色のそれのように、ただもくもくと、義務のように歩き続けて追う。 鈍金髪の女性魔術師・シルフィとヒトに問えば、その通り道が塗られたようにはっきりわかる。シルフィは一直線に東南へと向かっていた。間に村があっても休まず、一日中歩き続けているのだろう、依頼も三件に一件程度しか受けていない。シンパスとガディスの二人は一向に追いつけず、距離はひらいていくばかりだ。 「シーンー」 そして、ここ最近、相棒が呼びかけに応えない。わかっていた、こうなるだろうことは予想がついていたけれど・・・、 「二人旅なんだからさぁ、シンが黙ると俺話すヤツいなくて寂しいんだけどー?」 「・・・じゃあ、一生黙ってろ」 ツレないシン、でもそこが素敵! (目を輝かせ、胸の前で手を組む)を実践すれば、シンはようやく普段どおりの反応を返す。 「やめろ! 気色悪い・・・」 「じゃあ、応えろよ。俺悲しい!」 悲しいというよりヒマなのである。沈黙はさほど苦でないが、重苦しい空気は苦手だ。 「・・・なあ、シン。シルフィさん、何考えてんだろうな?」 「知るか」 “知っていればこうも困るものか!” 心の声が聞こえるほど、完全に吐き捨てられた言葉だった。 東南へ行くと、海がある。海の向こうには、グロージュとマキの大陸がある。船に乗るには法外な金がいるので、別大陸に行こうとしている、というのは除外できる可能性だが・・・。 「ところでさ、グロージュとマキって、どんなところだろ」 「・・・さぁ。どんな風なんだろうな」 お? ガディスはちらりとシンをうかがい見た。ここ最近くだらない質問は一刀の下に斬っているシンが、話を続ける姿勢を返したから驚きだ。もちろん、このチャンスを逃すガディスではない。 「行ってみたいな。どう違うだろ。それとも同じか? シンはどう思う?」 「・・・どうだろうな。ヒトである限りは大きな違いはないんだ。この大陸の中でだって、色々いるんだから、俺、も・・・」 ふっと言葉が途切れた。なにやら考え込んでいる様子だ。何を思っているのか手にとるようにわかって、ガディスは呆れてため息をついた。 「いっくら考えても他のヒトのことはわからないって!」 あの微笑に込められた意味を、正確に読み取れれば。だが、そんなのわかるだろうか? 悪漢から助けてつれ歩く間に浮かべた微笑と、はじめましてと告げた微笑との、その違いを正しく説明なんてできるだろうか。もしかしたら、本人ですら把握しきれていないかもしれないのに。 「・・・あの時」 ポツリ。さらに言い募ろうとしたガディスは、シンの呟きに口を閉じた。 「あの時、あいつ・・・怯えてた?」 答えはまさに闇の中。結局のところ、シルフィラの微笑の意味など捉えきれなかった。
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