fate and shade 〜嘘と幻〜

〈風〉   三章 “ヒト殺し”   3





 思い出すのは、あの晴れた空。木枯らしと落ち葉。赤。

 確か、前日にケンカをしたのだ。俺は一人で行く。もう子供じゃない、と。

 そのせいで、朝から口をきかなかった。前を歩く背中は自分より大きくて、うらやましくて疎ましい反面、まだ甘えてた。怒ってくれるうちが花なのだと、自分でもどこかでわかっていた。ただ、いつまでも子供扱いするあの手がいやだった。

 ・・・最後に一度頭を撫でた。それは、いつもと違って弱々しく、ひどく赤に染まっていた。

 

 歩けば歩くほど人里が減る。そして魔獣が増える。シンとガディスの行く手にも幾度も魔獣が立ちはだかり、二人は慣れた手際でそれを倒した。

 ・・・二人の前にここを通ったモノ――それもつい最近――は間違いなくいる。時折、彼らが倒したのではない魔獣の死体が転がっている。数日前くらいだろうか、血は乾いていたがまだ新しいモノだった。

 そして、大地や木々に残る傷跡・・・それは、サフス村が依頼した盗賊団のアジトに残されていたものとほぼ同じと思われた。魔獣を倒した際の余波で片付けられないほど大きな傷跡となっている。当初考えた通りシルフィの魔法のせいだとしたら、何かが起こっているのだとしか思えない。

「魔術師って・・・こんなだったか?」

 ふるふると首を横に振るガディス。魔術師と道中を一緒したことは数えるほど・・・はっきり言うと二度あるが、彼らは共通して水の性を持つ魔術師であり、使えるのは中級までだと実際やってみせてもくれた。が、それにしても、こんな・・・あり余るほどの力は持っていなかった。

 ――四日が経った。シルフィにはまだ追いつかない。その間に二つの村を通過したが、シルフィはどちらにも寄っていなかった。

 海が近くなり、風の中に潮が感じられるようになってくる。二人にはあまり馴染みがないもので、何度近くに来ても慣れない。

 海だ。海の向こうには、何があるのだろうか。ダレカとそんな話しをしたことがあるなとシンは思って・・・それが幼い頃のことだと気付いた。

 確か、アイシークが相手だった。故郷の村では、空が近かったせいか、星が多く瞬いていた。早熟で、同時に幼かったと自分でも思うが、シンは夜空の広さに、遠さに、悲しさのような漠然としたものを感じ取っていた。なんてちっぽけなのだろう、俺は。そう感じて、アイシークに告げた。

“海が見てみたい”

 地に落ちた空だという。広く遠いらしい、と。

 どこか理解しきれない表情で、それでもアイシークはそうだねと相槌を打っていた。覚えている。いや、思い出した。見たいと思った時があったのだ。それがどうして、初めて見た時、あまりに果てがなくて怖かった。好きにはなれなかった。今もやはり、幼い頃憧れた気持ちよりも苦手な気持ちが先に立つ。

 シルフィラは、どうだろう。幼い頃から物怖じしない性格で、たびたび大人達を困らせた。もちろん、そんな時はカーヤトッニもランドールも一緒に。・・・彼は、どうなんだろう。海を好きと言うだろうか。




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