〈風〉 三章 “ヒト殺し” 6
濁った目。血の気を失くした顔。突然色褪せた景色の中、その姿はひどく鮮やかで、見ていたくないのに瞬きしても消えなくて。 人込みの雑音みたいに聞き取りにくい言葉は、何故かはっきりと耳に残って離れない。 ――愛しているよ、愛しい子。 ・・・そして誰より、お前を憎む。 シンパスはシルフィラについていくことに決めた。朝、その旨をガディスに話した。 真剣だった。もしかしたら・・・ガディスと一緒の旅はここで終わってしまうかもしれなかったから。 シンパスとガディス、二人がいつどこで出会ったか、詳しくは覚えていない。ただ――シンパスは幼かった。数年間、ガディスの祖父とともに暮らしていた。ただ言えるのは、深い付き合いだということ。お互いが“相棒”だということ。一緒に賞金稼ぎとなって、今までずっと一緒だ。シンパスに賞金稼ぎとして生きていく力を与えたのはガディスの祖父だが、その後今までを支えてきたのはガディスで、そのガディスの足りないところを補っているのはシンパス。二人は互いを認めている。いい相棒だと自負してもいる。 けれど、シンパスがガディスとともにいる理由は、もう、ない。 たった一つ、約束した。“いつかその時まで、一緒に”と。 ――この言葉を、どう解釈する? 曖昧だ。曖昧すぎてわからないが、故郷から、過去から逃げ続けていたシンパスが、今幼馴染と・・・それも逃げていた過去に当たる張本人とともに行こうとしている。 これは、“いつかその時”ではないだろうか。だからもう、ガディスとはお別れなのではないか。 「そっか。じゃあ、行くか」 けれど、そんな危惧はまさしく杞憂だった。ガディスは自分も行く気満々だ。そっか・・・じゃあ、頑張れよ。そんな言葉を半ば予想していたシンパスにとっては拍子抜けだ。 「ん? どうかしたか?」 「いや・・・別に、何も」 シンパスは答えて、不思議そうなガディスの横を足早に通り過ぎた。やや先にはシルフィラがいる。立ち止まって、こちらを見ている。 「どうかしたの?」 いや別に、シンパスは尋ねるシルフィラも追い越し、一行の先に立って歩き始める。変なの、と後ろで二人ともが首をひねる。だがシンパスは顔を向けられない。 不安が、喜びへと変わった。きっと、今とてもニヤついているだろうと思って。
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