<風> 三章 “ヒト殺し” 8
初めて行く土地だったので、ガディスは道中子供のようにはしゃいだ。シンパスもやや気分が浮ついている。 トラード。北の、交易の街。大陸一大きな街とも言われ、一攫千金を夢見る者達が売り物を手に目指す。様々な事情――出世欲がなかった、シンパスの故郷に近かった、旅費が足りなかったなど――により、二人は一度も行ったことがない。シルフィラはそのことにひどく驚き、また何やら一人納得もしていた。 シルフィラにとっては元来た道を戻る旅。スタートもゴールもこの街。何故トラードに? とシンパスは当然尋ねたが、いたずらを思いついた子供みたいな顔をして、着いてからのお楽しみ、と笑うばかり。 ――ある日、ふと思いついたように、シルフィラがこう訊いた 「なんで追ってきたの?」 ああ言っておけば躊躇して、追ってこなくなると思ったのに。今までずっと逃げていたのに。 シンパスはけじめをつける時期だと思ったから、と答える。ひどく真面目に。そしてやっと、謝る。 「・・・すまない。すまなかった」 俺が大人達に言わなければ。せめて庇えるだけの力があったら。追い出されたりはしなかったのに、親子二人で幸せに暮らせたのに。 何に対する謝罪なのか、しっかり理解したシルフィラは、今更と笑う。そして、いやみでも諦めでもなく、もういいよと首を振る。 「俺は・・・幸せだったよ」 父さんとの旅は、絶対忘れられない、忘れないから。そう告げて、陰りを帯びて微笑む。 「・・・俺、シンパスにだったら、何度追われてもいいかな」 え、と疑問を返したシンパスに、シルフィラは目を向けることなく、 「だってシンパス、ずっと逃げてた。・・・だから、逃げたいと思うモノの、気持ちを知ってる」 ――昔の出来事を、想いを、ずっと引きずるのだ。けじめをつけたいと決心するために、多くの年月がかかるのだ。その年月の向こうでさらに、きっかけすら、逃しそうになるほど。・・・確かに、わかる。シンパスはずっと逃げ続けてきて、今では他の誰より逃げたいモノの気持ちを知っている。 「・・・何度だって、追う。お前が俺で、いいのなら」 何かから逃げているのは間違いないが、シルフィラは立ち向かっている。きっと、今この時も。だから言うのだ、だから訊くのだ。シルフィラの思いを、裏切ることも違えることもしないという約束の代わりに、シンパスはただ見つめる。シルフィラははにかんだような微笑みを返し、 「・・・うん」 嬉しそうに、頷いた。
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