fate and shade 〜嘘と幻〜

<風>   四章 “旅立つヒト”   2





 皆一回り成長した。体はもちろん、その心も。

 ――弱さはある。でも、誰かに寄りかからずにはいられないそんな時でも、歩くという選択があること、誰もが知った。離れても思い続ける絆が、どれほど心を暖めてくれるかも。

 それぞれの道を歩んで、彼らはもう一度出会った。

 シンパス、ランドール、カーヤトッニ。今この場にいないのは、一人故郷に残るアイシークと・・・シルフィラ。

 ここにいる三人全員が、一度は通った道のり。近くて遠い、幼い日々を共に過ごした故郷。

 シルフィラがトラードから消えた後、その行方は霧の中だった。そんな中、ランドールは誰より早く追いかけることを決めた。自分が扱ってきた情報というものが役立たずで、一番ショックを受けていても。たとえどこに行ったかわからなくても。

「折角シンパスと会えたのに」

 そう歯噛みして。

 ・・・シルフィラとシンパスが相次いで故郷を出て、残った三人の内、後を追ったのは彼一人だった。誰より強く全員の再会を望んでいた、だからこそ誰より悔しかったのだろう。どんな理由があるにしろ、シルフィラ一人だけ去った。逃げるように。

 三人がシルフィラを捜し求めている現在、ガディスはランドールの代わりにトラードへ残っている。情報屋の仕事を出来るわけではないが、彼は待つと。待ってるから皆で早く帰ってこいと言った。

 ほら、待っているヒトのいることが、こんなに心強い。

 笑顔で迎えてくれるヒトの、こんなにあったかい。

 ――なのにどうして、一人で逃げるんだ?

 シルフィラがどこへ行ったかはわからない。けれどあてを探すとしたら、一つしかない。

 彼の、彼らの故郷。アイシークが待っている、幼馴染達のために戦っている、懐かしい場所だ。

 

 五日の道のりを四日でこなした。旅慣れないカーヤトッニとランドールは、それだけ頑張った。見えてきた懐かしい景色に思わずへたり込みそうになって、だがまだ目的のたった一つも終わっていないと新たに気を引き締めて、よれよれになりながら進んだ。

 全員、戻ってきたと感慨はある。だが満足感はない。足りない、そんな気がしてならない。

「・・・あれ」

 向こう側にある人影。普段ならそこには老人が見張りに立っているところだが、何故か今日は若者が一人。明るい茶の髪が目に入る。

「アイス!」

 カーヤトッニが笑顔を浮かべて手を振る。人影は応えて振り返し、足を引きずりながらこちらに少しずつ寄ってくる。それを見て、彼らは歩調を速めた。

「カーヤ!」

 近付ききるのが待ちきれないのか、大声で呼ぶ。そして続ける。

「カーヤ! シルフィラは、どうしたんだ?! 何があったんだ、一体!」

 焦燥が浮かぶその、懐かしい幼馴染の顔。シルフィラは間違いなくここに来たようだ。心配するあまり、カーヤトッニの後ろにたたずむ二人の姿にも気付かないが、アイシークに出会えたシンパスとランドールは、この瞬間ばかりは喜んだ。

「アイス!」

「アイシーク!」

 感極まって、他に言葉が浮かばない。二人はただ、名を呼んだ。それに驚いたアイシーク、明るい茶の目をカーヤトッニの背後の二人に向ける。そして、絶句。

「ラン、ドール、と・・・シンパス、か?」

 信じられない、という目をしていた。そしてシンパスは、その視線を当然のものと思う。

 アイシークだけに語った、村を出て行く時の、決意。

“俺は、二度と帰らない”。

 ――アイシークが足を悪くしたのは、病気のせいだ。何日も高熱が続いて、目覚めた時にはもう、足が動かなくて。それなのに・・・その時、大人達が叫んだ言葉、忘れるはずがない。

“忌み子のせいだ。全てシルフィラのせいだ!”

 アイシークが足を悪くしたのも。畑の作物が不作なのも。冬が長引いたのも。年寄りが立て続けに風邪を引いたのも。その風邪が原因で一人が死んだのも。

 全て全て、シルフィラのせい。

 ・・・その根拠のない理由のせいでギルト親子が出て行ってから、何もかも色褪せたように感じた。そして、大人達など信用してはいけないのだと、固く思った。

 だから決めた。もう、二度と帰らないと。

 それがどうだろう? 結局は、ここにいる。どんな理由があろうと、戻ってきた。

 ――シンパスは考えた。

 もし自分があちこち放浪した末、向かう場所といったら。・・・それは、楽しい思い出と、辛い記憶の残る、この村。

 故郷。どんなに苦い昔が待ち構えていても、いつも心のどこかで思い続ける場所。

「お、前ら・・・」

「シルフィラは、ここに来たんだな? どこに行ったかわかるか、アイス」

 アイシークは、矢継ぎ早なランドールの質問に言いたい言葉を呑み込んだ。そして、

「・・・知らない。でも」

 この近くには、もういない。

 そう前置く。

「――だって、あいつがここに来たのは、三日前だ」

「・・・え?」

 カーヤトッニは、ぽつりと言葉をこぼす。信じられない、というその一声は、全員の心を代表した。





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