<風> 四章 “旅立つヒト” 3
事情を説明されたアイシークも、驚きを隠せないようで目を丸くした。 ・・・夜闇に紛れ、彼らは村に入っていた。今はアイシークの家である。彼の両親はすでに亡く、一人ならばがらんと広い室内だ。 「そんな・・・」 うそでしょ、とカーヤトッニが信じられない気持ちをあらわにしても、それは覆ることのない事実だ。信じたくない気持ちは同じでも、彼女のように真っ直ぐ言葉には出来なくて、全員が押し黙る。 ・・・三日前、シルフィラはこの村に来た。トラードからここまでの旅路が、休みなしに急いでも三日以上、そしてその一日前にはトラードにいたのに、である。 一日で。いや、もしかしたら一日以下で、シルフィラはトラードからこの村まで来た。それこそ、空でも飛んだかのように。 「・・・どこ行ったんだ」 拳をぐっと固めて、他がびくっとするほど低い声でランドール。何の感情が宿っているのか、燃えるような双眸がアイシークをにらみつける。 「・・・知らない」 「どっちに行ったかだけでいい。どこ行ったんだ、あいつは」 「・・・だから、知らないんだ! わからないんだ!」 わかってれば、俺だって追いかけてるっ! こんな足だって動くんだ、俺だってシルフィラには償いをしたいと思ってるんだと、アイシークはやり場のない感情をランドール相手にぶちまける。 「杖がなくても、どんなに少しだとしても、しっかりこの足で歩けるってわかった! 動かなくなったのも、シルフィラのせいじゃなく病気のせいだってこと、認めてる! ・・・俺だって償いたいんだっ! あんなに仲良しだったのに、俺はあいつを見捨てた!」 怯えてたのに。何の理由もなくここに来るはずはないのに。・・・俺はシルフィラが求めるなら、何だって助けてやりたいのに! ――全員に言えることだが、彼ら皆がシルフィラに負い目をもつ。子供だったがために、彼らはシルフィラをこの村から追い出す大人達を止められなかった。特にシンパスは、シルフィラの力の危険性を大人達に密告した張本人である。アイシークは、その直接のきっかけとなる自らの足の麻痺を、言われるがままに彼のせいにした。ランドールもカーヤトッニも、全くの味方だったわけでない。子供ながらの言いなりで、一時はシルフィラを疑った。 ・・・父親との行く先なき旅路へ、その末の一人っきりへと、向かわせたのは幼馴染の彼らだ。 「・・・あいつは、俺を責めてもいいのに、責めなかった。いつだって謝るんだ。何も悪くないのに。何も、してないのに」 ごめん、と。 そして、誰にも頼ろうとしない。微笑んでいるのに、その心の中を明かさない。全て、自分自身で抱え込む。 ――膝を抱えて小さくなるアイシークに、誰も声はかけられなかった。静けさの末、今日は寝ようと、カーヤトッニが提案する。アイシークの頭を抱くように引き寄せて、子供が親にするように、耳元で優しく囁く。 一度寝よう。それでまた朝日が昇ったら、シルフィラを追って歩いていこう。 アイシークが落ち着くまで、カーヤトッニは彼を抱いていた。彼らはそれから、少し眠った。
|