<風> 四章 “旅立つヒト” 5
闇が深い。魔獣避けに火をたいて、一人で過ごす夜の中、怖いと思ったのはいつぶりだろう。 「・・・コウのせいだ」 彼と会ったせいで。静かすぎる夜は・・・誰もいない寂しさを、思い出すようになった。 生意気で負けん気が強く、言葉も態度も悪い。異端と呼ばれる色をまとい、違う世界から来た。 ――どうしてか、ひどく惹かれた。 「・・・ミナとリィン、どうしてるかな」 あの調子で、口喧嘩しているのだろう、きっと。そう考えると、ふふっと笑みがこぼれた。 この空の届く下、どこかに必ず二人はいる。 二つの月は、いままさに円を描く。ほんのり青味を帯びた黒の中、白と紅の対する二色が輪となって、その真ん中で切り取られた空は、周囲よりも深く黒。穴が開いたみたいだ、と思う。・・・何故か、その穴の向こうにコウがいる気がした。手を伸ばす。けれど、届かない。 ――惹かれた理由はわかってる。シルフィラは悲しい手を引き寄せ戻した。 二人は、似ていた。性格は違っていたし、容姿も違った。ヒトに対する態度だって、違った。正反対とまでいかなくとも、同じなんかでは決してなかった。 それでも、惹かれた。・・・その目が似ていた。自分すら信じられず、何もかも失くしてしまったような、その目が似ていた。 コウに何があったか、シルフィラは知らない。知ろうとも思わなかった。ただ、そばにいたかった。恋人同士でも、親友でもない。それでも何故か、一緒にいたかった。 それだけ。それだけだ。 失くしてから気付くものとは、違う。コウは、シルフィラにとって・・・失くすとわかっていた存在。消えるとわかっていたヒト。長い人生に組み込むなら、きっと一瞬だ。たった一瞬の、大切な存在だ。 「・・・覚悟だけはさせておいてさ、それでもう、さよなら、だなんて」 反則だよ、そんなの、と。気持ちだけでは解決出来ない、この悲しさに瞳が曇った。 まるで導かれるように、一体どこへ向かっているのか。 歩く意思は自分のもののはずなのに、どこか他人事のようにシンパスは思う。 静かな・・・とても静かな夜だ。生き物の息づく気配も、森のざわめきすら消え失せて。どうしたというのだろう、この静けさは。草を分け、枯れ枝を踏み、息をしながら歩いているはずの自分さえ朧だ。――個がない。“自分”が消える。夜に吸い込まれて、しまいそうだ。 ふと見上げた、真ん丸い月だけが生きている。まるで、夜の楽園のよう。 前だけを見て、歩く。立ち止まりもせず、ただ前だけに進むのだ。 どうしてか、確信している。・・・この先に、彼がいる。
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