宰相の弟子

グレフィアス歴646年   7





 二十歳も過ぎた年頃。女子だと少し遅いくらい、男子ならばちょうどくらい。前々から色々話はあったようだが、ついに、グレフィアス国第一王子リアリス・ラズ・グレフィアスの妻・・・将来の王妃が、正式に確定した。ゼィレム国第二王女のレイ・サイア・ゼィレム、御年十八歳の麗しい少女だ。来月にはグレフィアス国に来るという。

 フィリウスは、その迎え役に抜擢された。リアリス直々の推薦があったからだ。多くの者は反対した――フィリウスの色々難儀な性格などを考慮して――が、后を迎える第一王子自身の決定には、誰も強くは逆らえなかった。元より、リアリスは賢い。わざわざフィリウスを推挙するのにも何か理由があるだろうと、たいていはそう勘ぐって終わった。けれど推薦された本人と、リアリスにより近しいグランやユリウスらにはわかっていた。・・・リアリスはフィリウスが気に入っていて、だから自分の后となる少女の側に、置いてみたいだけなのだと。

(今日、到着か・・・。なんだか、悪い予感がする、かな)

 特別当たることないフィリウスの予感は、逆に言えば特別外れるわけでもないのだった。

 

 昼頃到着した、質素な外見だが豪華な馬車三台には、調度品やらドレスやら色々詰め込まれていた。三人のお付と共に真ん中の馬車から姿を現したゼィレム国の第二王女・・・レイ・サイア・ゼィレムは、名工の手で紡がれた金糸のごとく輝く髪と、一面の野原を映したような深い緑の瞳をもった、驚くほどの美少女だった。十人並みというには整った顔をしたフィリウスでも、とても叶わない。

 フィリウスは馬車から降りたレイを、頭を腰から九十度近く曲げた状態で出迎えた。

「レイ・サイア・ゼィレム様、貴国からグレフィアス国までの長旅、まことにお疲れ様でございます。私は、レイ様のお世話を言い付かった者でございます。以後お見知りおきを」

 そして、ゆっくり頭を上げる。フィリウスとレイの視線がばっちり合った。

「・・・侍女、じゃないのかしら? まあ、いいわ。挨拶に行くから、王の下へ案内なさい」

 レイは命令しなれた様子で、フィリウスの名前一つ聞くことはなかった。

 

「お菓子が食べたいわ」

「紅茶を注いでちょうだい」

「暇だわ。何かおやりなさいな」

 一体どんな暴君だと、フィリウスはうんざりしていた。

 仕事の合間にフィリウスがレイの側に通うようになって三日。着いた次の日に初めて出会ったリアリスとレイ二人の仲は上々のようだが、フィリウスとレイの間はあまりよろしくなかった。フィリウスは侍女でないから侍女の仕事を知らないのに、レイはフィリウスを侍女の一人として扱うからだ。

「ねえ、貴女。思ったのだけれど、もう少し気を利かせられないの?」

 そして今日、レイのこの一言がきっかけで、フィリウスはキレた。

「・・・いいかげんになさってくださいませ、レイ様。あれをしろこれをしろと、命令することしか出来ないのですか? 次期王妃がそのようでは、この国も立ち行かなくなります。自重なさってくださいませ」

 分不相応なフィリウスの言葉に、レイ付の侍女三人がさっと顔色を青くした。

「貴女、レイ様にそのような口を・・・」

 自国の姫を馬鹿にされて怒っているのか、またはフィリウスに対する何らかの処罰を危惧してのものなのか。謝りなさいと侍女の一人、一番年かさの女性が厳しい口調で断ずる。フィリウスはそれを無視して、言葉をなくしているレイに非難を続ける。

「レイ様、貴女はリアリス殿下を気に入られたご様子ですが、そのように我侭に振舞っていては、いつか愛想を尽かされてしまいますよ。今回の婚礼は、グレフィアス国に有利な条件で結ばれたもの。もしリアリス殿下がレイ様を、ご自分の妃に相応しくないとおっしゃったら、婚約を解消されてしまうかもしれません。ご自分の立場、重々承知して行動なさってくださいませ」

 ――こう思いの丈をぶちまけた直後。フィリウスは背後から誰かにおもいっきり頭を叩かれた。パンッという乾いた音と視界の突然のブレに、フィリウスは息を呑む。

「っ?!」

「・・・誰が、レイ様にそのような口をきいてよいと、言いました?」

「・・・先生」

 振り返らずとも誰のものかわかる声。だが、ユリウスのそんな冷たい声は、今までで初めてだった。背筋が急にぞっとする。

「私の弟子が失礼を申し上げたようで、真に申し訳ありません。もう少し分を弁えた子だと思っていたのですが・・・これは、こちらの見込み違いで起きた事態のようです。レイ様、お気を悪くされたことでしょう。本当に、申し訳ありません」

 ユリウスはフィリウスの前に出て、そう言葉を紡いで頭を深く下げた。

 一見すれば、それは弟子を庇う師匠の行為だ。しかし、フィリウスにはわかった。ユリウスは、フィリウスを庇うことで、暗に浅慮な行為を責めているのだ。・・・もし本当に庇うつもりなら、まずはフィリウス本人に謝罪させるはず。それをしないのは、一国の宰相を謝らせるほどのことを仕出かしたフィリウスへの、紛れもない咎めの現われだ。

(失望、された・・・)

 フィリウスにちらりとも向かない目の中に、間違いようもない失望の表れ。それに気付くと、知らず体が震えた。ぎこちなく、頭を下げる。

「申し訳、ありません・・・。どのような処分も、お受けする覚悟でございます」

 ・・・宰相の弟子には相応しくないと、そう言われてしまうだろうか? 城から出て今更どこへ行けばいいのかと考えたら、目が熱くなった。

(どうしよう)

 言ってしまったことは、もうどうにもならない。宰相の、ユリウスの弟子であることにいつの間にか胡坐をかいてしまっていたのではと、そう反省しても遅い。

「・・・下がりなさい」

 レイの言葉に従って、フィリウスはユリウスと共にレイの部屋を出た。ユリウスは一言も話さず、フィリウスを見ることすらせず、ため息だけを吐いてフィリウスに背を向けた。それを追うことも、レイの下へもう一度謝りに行くことも出来ず、フィリウスは随分長い間その場に立ち竦んだ。

 

 明くる日、フィリウスは城の隅の方にある大きな木の根元で、膝を抱えていた。

 前の晩に、今日一日の休みをユリウスから、シリカを介して伝えられた。昨日の一件以来、ユリウスと顔を合わせていない。怒っているだろう、きっと辞めさせられるのだと、フィリウスはひどく落ち込んでいた。

 そこに、荒々しい足音が響く。ふっと顔を上げると、こちらに真っ直ぐ歩いてくるグランの姿が。それを見て、フィリウスは腰を上げた。右方向に向かって、グランから逃げる。

「・・・おいっ!」

 後ろから追ってくる足音が早まる。フィリウスも同じく早足になる。

「おい! ・・・逃げるなっ!」

 けれど、歩幅の違いだろう。フィリウスは呆気なく捕まって、グランと顔をつき合わせることになった。

「・・・何です?」

「話は聞いた。お前、自分が何をやったか、わかってるのか!」

 唐突に、怒りがこみ上げてきて、フィリウスは手首をきつく締める手を無理矢理振り払い、叫んだ。

「・・・わかってる。わかってる! でも、何でそれを貴方に叱られなくちゃいけないの!」

 敬語すら省かれた激昂は、十分伝わったようだ。ぽかんと口を開けて歩みを止めたグランを放って、フィリウスはずんずんと歩き続けた。しばらくして、慌てて追いかけるグラン。フィリウスの横に並んで、かける言葉に困りただ見下ろす。

「あのな、えっと・・・その、いきなり悪かった。なあ、ちょっと止まってくれよ。話し合おう、な」

「・・・」

「フィリウス・・・。泣いて、ないよな?」

「・・・泣くものですか」

 泣きそうだという自覚はあった。けれど、涙が出てこない。今は、とりあえず放っておいてほしい気分だった。けれどグランがそんな心中を察した気配はまるでない。リアリスやユリウスとは違い、とことん鈍感だと心の中で毒づく。

「・・・フィリウス」

「・・・今、何を考えているのですか? 慰めようだとか、励まそうだとか、そういう心遣いは一切無用ですからね。用がなければ、近寄らないでください。今すぐ私の側から去ってください」

 睨みつけて、グランの気持ちも言葉も一刀両断に切り捨てる。するとグランはショックを受けた様子で立ち止まり、そのことに安堵とわずかな心の痛みを感じながら、フィリウスはどこへ向かうでもなく、ただ真っ直ぐに歩き続ける。

「・・・んな」

 ぽつりと、背後で小さく言葉をもらすグラン。元から何を言われても立ち止まるつもりがないフィリウスは、けれどその後に続いた怒鳴り声に、足を止めた。

「・・・ふっざけんなよ!」

 思わず肩越しに振り返ったフィリウスは、グランの怒りに燃える目に怯む。

「な、何」

「ふざけんなって、言ってんだよ! どんだけ自己中心的に物考えてんだ、お前っ!」

「な・・・! 貴方こそ、私の言動のどこを見て、そう断じるんですか?!」

「今さっきの言葉! レイ様を非難したこと! 他にもあるよな。以前ディアを叱った時! 巡回騎士の連中に強姦されかかった時! ・・・ほら、挙げればきりがないな?! お前、周りの心配とか苦労とか、全然考えないのかよ? なあ・・・」

 最後の方は、つらそうに細められた目が見つめてきて、フィリウスは動揺する。

「し、心配してくれなんて、誰も頼んでないじゃないですか! 勿論、苦労をかけることは心苦しいですけど・・・」

「本気で、そう考えてんのか!」

 叱られているというのに、フィリウスの中に広がっていく感情は戸惑いばかり。それを読み取ったのか、グランの声音は急にひどく優しいものになる。

「・・・なあ」

 グランがゆっくり近付いてくるのと反対に、フィリウスは一歩二歩と後退る。

「お前何で、そうやって強がるんだ?」

「・・・強がってなんか」

「強がりじゃないとしたら、一種の逃げだな。・・・怯えてるのか? どうして逃げる」

「逃げてない」

「逃げてるじゃないか。認めろよ」

 背中が何かに突き当たる。グランが迫る。逃げ道は、ない。

(逃げ道? 私、どうして逃げようなんて・・・)

 考えている内に、完璧に退路を塞がれた。フィリウスの頭の両側に手をついてその顔を見つめながら、まるで蜜言を囁くように、グランは笑う。

「・・・お前、子どもなんだな。ようやく気付いた」

「・・・侮辱ですか」

「いや? 本当のことを、言っただけだ」

「・・・やっぱり、侮辱ですね?」

 腹が立った。目の前の広い胸板に両手を置いて、強く押す。グランは二歩ほど下がって、微笑んだままフィリウスを見る。

「何で、笑うんですか?」

「一度子どもだと気付いたら、どんな行動も可愛らしいものでな。・・・怒るどころか、お前の言葉を真面目に受け取るのも馬鹿らしい気がしてしょうがないんだ」

 ずきり、ときた。一瞬歪んだ表情を、グランは見逃さなかった。

「へえ、普段好きなだけ言いたい放題してるくせに、自分が言われるのは嫌なのか。やっぱり子どもじゃないか」

「・・・違う」

「違わない」

「違うっ!」

「違わない!」

 ――言い合う二人を、今や多くの者が遠巻きに眺めていた。当人達は気付いていないが、二人が顔を突き合わせるそこは王宮の庭の端で、大声を出して険悪なムードを漂わせていれば、自然と廊下を通る侍女や下働きの目に留まる。それが一介の騎士や多くいる侍女の一人ならば皆適当に無視するだろうが、宰相の弟子と第一騎士隊隊長が相手ならばそうもいかない。何事かと目を丸くして、事の次第を見守る。

「そもそも、何で貴方はいちいち私に構うんです?! 放っておいてくれればいいじゃないですか!」

「馬鹿か! 放っておけないから構うんだろうが!」

「何でです?! 私のどこが放っておけないっていうんですか!」

「それは・・・!」

 言い募ろうとしたグランの前に、すっと人影が立ち塞がる。二人の間を割った人物に両者共に驚いて、その名を呼ぶ。

「先生!」「ユリ宰相!」

 ユリウスは両者を見やって、言った。

「二人とも、そこまで。少し落ち着いて、周りをよくご覧なさい」

 はっと我に返った二人は、自分達が注目されていることにようやく気付いた。風船から空気が抜けるように急速に熱が冷めていく。

「・・・落ち着きましたか?」

 呆れかえった様子のユリウスは、すっかり大人しくなって顔を赤く染めうつむく二人に確認をとって、それから、ぱんぱんと手を叩いて周囲を散らせた。ふうとため息をついてから、視線を戻す。

「フィリ」

「・・・はい」

「グラン」

「ああ・・・」

 恥ずかしくなったのか情けなくなったのか、意気消沈してしまった二人に、ユリウスは躊躇なく言葉を続ける。

「子どもみたいなこと、しないでくださいね。見ているこちらが情けなくなります」

 はい、と従順に頷いたから満足したのか、お小言は呆気なく終わった。

「フィリ、レイ様がお呼びです。すぐ行きなさい」

 フィリウスは目を見開く。緊張した様子で頷いて去った。

「グラン、貴方はリアリス様に呼ばれています。行きなさい」

 グランは訝しげに眉を寄せて、足早にその場を去った。

 一人残ったユリウスは、大きく深いため息をついて、つと空を見上げた。夏の太陽がぎらぎらと照りつけている。建物の中にいることが多いユリウスは、こうした強い日射しにはちょっと眩暈でも起こしそうになる。

(こんな暑い中、喧嘩に勤しむなんて・・・)

 皮肉でなく、ご苦労なことだと思う。

「・・・若い者には、勝てませんね」

 ユリウスは、もう数年で三十路に差しかかる者には出せない類の体力の使い方を感じ取ってしまって、ため息をつく。

「若いって、いいですね・・・」

 ――周囲の注目を集めながら夢中で喧嘩しているフィリウスとグランを見た時、ふと、自分には真似できないなと思ってしまったユリウスは、なんだか余計に日射しを鋭く感じてしまうのだった。

 

 覚悟を決めてレイの下を訪れたフィリウスは、第一声から謝られて、絶句した。

「ごめんなさい。謝って許していただけるかわからないけれど・・・反省しているわ。今後は、自分勝手な行動は慎みます」

「レ、レイ様・・・?」

 一体何事かと思うほどの焦燥ぶりだった。美しい少女の瞳は泣き出しそうに潤み、ひどく儚げだ。昨日までの尊大な態度が嘘のように、その姿は年相応に小さく見える。

「・・・昨日の夜、リアリス様にお会いしたの。私、我侭ですかと訊いたのよ。少しね、って仰られたわ。貴女の言ったことは、正しかったのね。こんなままでは、いつか、リアリス様に嫌われてしまう・・・そんなの、嫌だわ」

 言いながらさらに顔を歪めるレイを見て、意識せず言葉が漏れる。

「レイ様は・・・本当にリアリス殿下を、お好きなのですね」

 レイはぱっと頬に朱を散らせた。コクリと頷く。

「ええ・・・本当に、好きよ。私、第二王女でしょう? いつかどこかの国に嫁ぐということ、小さい頃からわかっていたわ。どうせなら、優しい人がいい。優しくて強い人がいいと、そう思っていたの。リアリス様は、私の理想その通りの方なの。私この方を好きになるって、一目会った瞬間にわかったの」

 そう語るレイの顔は、恋に恋する乙女のように、無邪気で可愛らしいものだった。フィリウスはその顔を見て、柄にもなく呟く。

「リアリス様もきっと・・・レイ様のことを、お好きですよ」

 レイは一瞬目を瞠って、それから嬉しそうに笑う。

「ありがとう・・・。そう私、貴女のことも好きよ」

 え? と首を傾げた手をとって、レイは紅潮した顔に笑みを浮かべたままフィリウスを見上げる。

「私、ああやって人を使うのがいけないことだって、知らなかったの。甘やかされて育ったのね。誰も指摘してくれなかった。・・・でも、貴女は叱ってくれたわ。初めてだったの」

 頭に来たけど嬉しかった、レイはそう言って、困惑するフィリウスの手をぎゅっと握る。

「私、貴女とお友達になりたいわ。だめ、かしら・・・?」

 フィリウスの困惑は頂点に達した。

「それは、あの・・・大変、ありがたいことですが、その、私とレイ様では、身分が・・・」

 フィリウスがそう言うと、レイは眉を吊り上げて、身分なんてと吐き捨てた。

「そんなもの、全然重要でないわ。だって、私貴女が好きだもの! この気持ちがあれば、十分ではないの? そもそも、身分なんてものを気にしていたら、私、貴女に謝ることも、お礼を言うことも、出来なくなってしまうわ・・・」

 王女であっても、悪いことをしたら謝るし何かしてもらったらお礼くらい言うのよ、と憤慨するレイに、ふと以前言われたリアリスの言葉が被る。

“私だって、礼を言うべき者がいたら、当然礼ぐらいするよ”

 その時も、こうやって怒られた。知らず、フィリウスの口元に笑みが零れる。レイが不思議そうに見てくる。

「レイ様とリアリス殿下は・・・よく似ていらっしゃいます」

「え?」

 思いがけない一言に目を丸くしたレイを優しく見やって、

「以前リアリス様にも、同じようなことを言われました。固定観念で物事を捉えるのは、いけないことですよね。申し訳ありません。・・・私でよろしければ、レイ様の友人に、ならせていただきます」

 その際のフィリウスの笑顔に、レイは束の間呆けた。同性でも見惚れるような、鮮烈な印象を残す微笑みだった。

「レイ様?」

「あ、ええ、よろしくお願いするわ。・・・貴女、いつもそうやって笑っていればいいのに」

 ついつい口を突いて出た言葉に、フィリウスは不思議そうな顔をする。自分がどんな顔で笑っていたのか、わかっていないのだろう。

「・・・損だわ」

 ぽつりと呟いた言葉を聞き逃したフィリウスはさらに不思議そうに、何かと問うが、レイはそれに首を横に振って答える。

「いいえ、何でもないわ。そうそう、私、貴女の名前を知らないの。今更だけれど・・・私は、レイ・サイア・ゼィレム。貴女のお名前は?」

 フィリウスは花が綻ぶように自然に微笑んで、フィリウス・ラウルと名乗った。

 

 そんな二人の会話に、廊下で聞き耳を立てていた者達がいる。

「うん、やっぱり。私の選択は間違っていなかったね。フィリをレイに付けてよかった」

「・・・なあ」

「うん?」

「仮にも王子がさ、こんな風に聞き耳立ててるのってさ、どうよ」

「どうって・・・別に? そもそもこうやって盗み聞きすること自体褒められたことではないのだから、王子であることなんて何の問題もないだろう」

「・・・そういう問題か?」

「そういう問題だろう」

 論点がずれていると思うが、あえて訂正する気は起きなかった。

「・・・結局、仲直り、か。俺怒って損したな」

 グランのぼやきに、リアリスは苦笑を浮かべる。

「そもそも、他人の喧嘩に口を挟むべきではなかったんだ、グラン。お前はすぐフィリを追い詰めたがる。・・・悪い癖だよ」

 リアリスの指摘は尤もで、グランだって少し後悔している。

(でも・・・気になるんだよな)

 グランの心を見抜いたように、リアリスはすっと扉から体を離して、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「お前はよくよく、フィリに構いたがるな。王宮入りのきっかけを作ったのは自分だから、なんて言葉だけでは弱い気がするけど、もしかして・・・」

 恋しちゃった? なんて囁かれて。

 否定するのすら億劫で、グランは大きく深いため息を一つ、ついた。




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