宰相の弟子

グレフィアス歴646年   8





 ――夏真っ盛りのある日。

「あの、先生。見ていただきたいものがあるのですが・・・」

 フィリウスのこの一言から、話は思わず大きくなった。

 

 真夏の日陰は少し涼しい。寝転がって惰眠を貪っていたバルカス・ナートは、人の気配で目が覚めた。

(こんなところに、俺以外の誰が・・・?)

 騎士団寮の建物の影。しかもその片隅の、わざわざ訪ねる人もない場所に、珍しいことに自分以外の誰かがいる。

(ジェイド・・・違うな、もっと小柄だ)

 一番可能性の高い部下の一人を思い浮かべるが、ずぐ違うと断じる。横になった体勢ではその姿は見えないが、草を踏む軽い足音だけでも、その人物が相当体重の軽い者だとわかる。

(・・・誰だ?)

 わずかな警戒心と大きな好奇心に、バルカスはその場にそっと上体を起こし、その人物を見る。

 腰まである長く赤い髪をきゅっと一本に括っている。すらりと伸びた手足は細い。常ならば簡素な作りの、だがそれなりに高価なドレスなどまとっているはずだが、今は庶民の着るような・・・しかも男物の上下を纏っている。

「何で、あんた、こんなところに・・・?」

 思わず訊いたバルカスに驚いた顔を向けたのは、今や騎士団内に隠れファンクラブがあるような実は密かに人気者、宰相の弟子フィリウスであった。

 

 ――話は、一日前に遡る。

「あの、先生。見ていただきたいものがあるのですが・・・」

 そう切り出して、フィリウスがユリウスに見せた紙。騎士団の経費についての書類だ。

「これ、おかしくありませんか?」

 ひと月単位で集計されるそれの、ある一部を示す。

「・・・どこが、ですか?」

 ユリウスにはさっぱり異常がわからない。フィリウスはやや自信なさげに、

「多分・・・改竄、されているものかと」

 勘違いではすまないことを言う。驚いて目を見開いたユリウスは、もう一度じっくりとフィリウスの指の先を見る。・・・わからない。だが、微妙に筆跡が違う数字が混じりこんでいるような気もする。

「・・・それが真実とすれば、よほど丹念になされている。これではオルグ様に進言は出来ませんね」

 そうですねと頷くフィリウスは、何やら闘争心を燃やしている様子だ。でも、と続けて、

「本当に改竄がされているなら、見過ごしたくはありません」

 その引き結ばれた口元に、何やら穏やかではない感情。

(そういえば・・・フィリウスは、騎士団の者達相手に色々起きているのでしたね)

 多分に私憤が混じっていると思われる。意趣返しというところだろう。口元に浮かぶ笑みは、これから相手を叩きのめせるという喜びか。

(本当に、血の気の多い子で・・・)

 些細な悪事など見逃して大きな事態にのみ対応すればいいものを、と呆れるが、それでは少しずつ種が広がり、いつか森を形成してしまうのもまた事実。

 好きなようにさせてみるか、と思う。

「では、フィリ。・・・こっそり探っておいでなさい。もし改竄の瞬間を目撃したら、現行犯で捕え、オルグ様、しいては私に報告するように。期限は今から一ヶ月、次の集計結果が提出される前までです。その間の仕事は全て私が請け負います。ひと月の間に結果が出なければ、この件に関しては反故にいたします。さあ、行きなさい」

 フィリウスは神妙な表情で頑張りますと頷き、退出していった。

「・・・さて、どうなるものやら」

 お手並み拝見、とユリウスは微笑んだ。

 

 昨日は服を調達したりどう動くかを考えたりして潰れた。今日から騎士団内でこそこそと動き回るために、まずはグランに会って協力を仰ごうと考えていた。証人にもなってもらうつもりだった。なのに、

(あっさり見つかってしまったわ・・・)

 どうしたものかと、フィリウスは短い間思案する。目の前の人物が誰かはわからない。が、とりあえず、

(・・・手伝わせるか)

 ということで決定した。

 にっこりと微笑み、余裕の態度でこんにちはと挨拶をする。おう、と反射的に片手を挙げて返した男。次いで、それではと優雅に礼をしてその場を去ろうとする。

「・・・は? おい、ちょっと待てって!」

 かかった! とフィリウスはほくそ笑んだ。何故この場にフィリウスがいるのか不思議でしょうがないこの男は、この後こう聞くはずだ。

「「何でこんなところにいるんだって聞いてるんだ」」

 言葉を被せられた男は、目を丸くした。フィリウスは肩越しにその表情を見て、にやりとした。

「・・・教えてあげましょうか? 条件さえ、呑んでいただければ」

 途端警戒心をむき出しにする男と向かい合って、フィリウスは挑発するように笑みを深くする。

「条件といったって、簡単なことです。・・・これから、長くて一ヶ月間、私の手伝いをしてください。それがお嫌ならば、私と今ここで会ったことは忘れて、誰にも言わないでくださいね。さあ、どちらにします?」

 相手がどちらの条件を選んでも、フィリウスは困らない。それどころか、もしここにいたことを言いふらされても、本当は毛ほども慌てることはないのだ。

(私がお忍びで騎士団寮に来てるって噂が立ったりしても、その時はルーク様に犠牲になってもらえばいいし)

 例えば、グランとフィリウスは恋仲で・・・だとか。

(ああ、それはいい嫌がらせになりそう)

 想像するだけで面白い。思わず笑い声が零れる。それがまた威圧感を増長する。男はしばらく真意を測ろうとするようにフィリウスを睨みつけていたが、ふっと体の力を抜いた。

「・・・いいぜ。その条件、呑もう。何する気か知らねぇが、面白そうじゃねえか」

 男の不敵な面構えとフィリウスの底の読めない微笑が交差する。二人は、協定を結んだ。

 

 フィリウスとバルカスが共に行動するようになってから五日。バルカスは、まだ年若い少女の度胸と頭の回転具合に感心していた。出会った瞬間から何度驚いてたかわからないが、まず目的を聞いた時にはびっくりした。

(まさか、ユリウス宰相でもやれなかった、騎士団内の更生をしてやろうだなんてな・・・)

 先人がそれを諦めたことを、フィリウスはきっと知らないのだろうと思う。ユリウスは力及ばず諦めたことをいつまでも悔いる性格はしていないし、自身の失敗を語ってフィリウスに重荷を負わせる性格でもないからだ。

(あの宰相も若い頃から随分頭の回る小僧だったが・・・いかんせん、運がないんだよなぁ)

 一部の騎士による不良行為など、今に始まったものではない。ユリウスもその先代の宰相も、色々と苦心してきたのだ。それでも根本的に変えることはできなかった。そういうのは個人の能力だけでどうにかなるものではない。今の宰相にも先代の宰相にも、そうした“改革”する力はなかった。

(・・・でも、この子は、何かやり遂げる気がする)

 なんとなく。なんとなくだが、フィリウスは改革を成し遂げるような気がする。そして、バルカスの勘は、結構当たる。

「・・・どうかなさいました?」

 じっとその横顔を見つめていたから、さすがに不審に思ったフィリウスが問う。バルカスは、お前さん綺麗だよなと冗談を言ってかわす。

「ありがとうございます。・・・それだけですか?」

 しかしかわしきれない。鋭いと内心ひやりとしながら、そうやって怒っても綺麗だよなと冗談を重ねる。さすがにむっとした様子で、フィリウスは視線を外した。そんなどこか子どもっぽい振る舞いに何故かほっとする。思わず、そっぽを向くフィリウスの頭をがしがしと撫でた。

「・・・怒ったか?」

「・・・別に。止めてください」

 そう言いつつも撫でる手を振り払おうとしないフィリウス。緩やかな時間が過ぎる。・・・そういえば、とふと思う。同僚のグランが、随分と目の前の娘を気にかけているという話。

「・・・バルカスさん」

「あ? 何だ?」

「いつまで、撫でてるつもりですか」

 つくづく迷惑そうに言われて、笑いながら手を引っ込める。乱れた髪を撫で付ける様子を見て、なんだか妙な感情が湧き上がる。

「娘がいたら、こんな感じか?」

「何か、言いました?」

 ごく小さい声で呟いたので聞き取れなかったらしい。怪訝な顔したフィリウスに何でもないと首を振って、何か追求される前に、バルカスはフィリウスの意識を目前の出来事に戻させる。

「ほら、来たぜ」

 二人はすっと真面目な顔になり、その場に息を潜めた。

 ――潜入捜査を始めてまだ五日だが、実はもう、あとは現行犯で取り締まるだけという段階まで彼らは来ていた。というのも、誰がそうした改竄をしているのか、バルカスは知っていたからだ。非常に“運のいい”ことに。

 

 騎士団長のサインが入った書類に、ちょいと手を加えて、大した労力もなくそれは出来上がる。

「ほい、出来たぜ」

「おう。・・・よし、いい出来だな。全然わかんねぇ」

「手先の器用な奴がいるといいよな、本当に。じゃ、持ってくから」

 ああ頼む、と初めの声が言う。

 声の主は全部で三人。改竄役、書類の預かり役と、見張り役というところだろう。勿論、この三人だけが犯人とは思わない、が・・・。

(きっかけなら、これで十分。今しかない)

 フィリウスはバルカスに合図を送る。頷きあって、二人は鍵の掛かっていない窓から部屋の中へ突入した。

「?!」

「何だ、お前ら!」

「いや、待て・・・まさかっ?!」

 三人が戸惑っている内に、バルカスは彼らに一撃ずつ食らわせ、のした。

「さすが・・・お強いですね? バルカス・ナート、隊長様」

「・・・いつから知ってた?」

「私、特定の役職や地位にある方の名前は、全て覚えているんです」

 つまり、名乗った時点で完璧に知れていたわけだ。

 ――バルカス・ナートは、第二騎士隊の隊長だ。そして、今この場面でフィリウスが彼を隊長と呼んだ理由は、

「貴方のその地位も、いざとなったら使わせていただきますよ」

 使えるものは何でも使う、と宣言したかったというわけ。バルカスは嫌そうに眉を顰める。

「使うのはいいけどさ。・・・その呼び方は、やめてくれよ。俺は元々、隊長なんて柄じゃねえんだよ。様なんて付けられたら、それこそぞっとするっての」

 さっきまで通りバルカスさんで頼むよ、と懇願する。フィリウスは微妙な表情になって、

「注目するのは、そこなんですか?」

 それこそどうでもよさそうに、小さなため息をついた。

 

 ずるずるずるずると、容赦なく引きずられていくもの。そして、それを引きずる者。

「お、おい・・・あれ、何だよ? 一体何が・・・」

「知るか! おい、団長はまだなのか?」

「さっき数人呼びに行ったが・・・」

「・・・本当に、あれ、何なんだ?」

 いくつもの疑問と困惑の声を受けつつも平然しているフィリウスとバルカスは、背後に先ほどの三人を引き連れて――正確にはバルカスが彼らを引きずって――堂々と騎士団寮の廊下を歩いていた。犯人を捕まえて終わりではないのだ。フィリウスが本当にやりたかったのは、この後のことだ。

(ハイレン様と、他の隊長の方と、多分、先生にも伝令が走るでしょうね。ある程度集まったら、始めさせてもらおうかな。まあ、ちょっとしたパフォーマンスよね)

 こうやって目立つように移動しているのもそのためだ。出来るだけ多くの目と耳を集めたい。そうでなくては、意味がない。

 階段すら引きずって、三階から一階まで下りる。寮の入り口まで来たところで、オルグがようやく到着する。その後ろからはグランともう一人知らない人物。何してるんだ、と三人揃って鋭い眼差しを向けてくる。横からバルカスが、あれが第三騎士隊隊長サーディアと教えてくれる。ユリウスはいないが、これで十分役者は揃った。

 ――フィリウスは、演技を始めることにした。

 

「騎士様方、よくお聞き下さいませ」

 唐突に、フィリウスが口を開いた。艶やかに微笑んで、ゆったりと周囲を見回す。あちらの窓、こちらの木陰と、様々なところから様子をうかがっている者の数は、七十人弱ほど。巡回騎士も合わせた全体の数からすると一割にも満たないが、

(上出来)

 満足のいく人数に、フィリウスはさらに笑みを深くした。朗々と声を響かせる。

「貴方方の中に、不正を働いた方がいらっしゃいます。ここにおります三人は、私と、私に協力していただいた第二騎士隊隊長バルカス・ナート様によってその不正を暴かれ、こうして捕らえられた次第です。ハイレン様、この者達の身柄をお渡しいたします。厳然なるご判断を」

 突然引き合いに出されたオルグは一瞬狼狽したものの、すぐに意識を引き締めて、うむと頷いた。

 フィリウスの言葉は、それだけでは終わらない。一層華やかに笑んで、小首を傾げる。

「綺麗事のようですが、私、人は、成すべきことを正しくすべきだと思います。その道から外れし者は、自ら人であることを貶めているようなもの。そんな人が集まる場所には、人の皮を被っただけの、どうしようもない獣がただのさばっているだけです」

 痛烈な皮肉に、多くは血の気を引かせた。だが中には、怒りか羞恥で顔を赤く染める者もいた。フィリウスはまだまだ続ける。

「それで、そんなものに限って、自分はお偉い人間様だっていう自尊心だけ無駄に高いのですから、始末に終えないですわ。・・・ねえ?」

「てっめえ・・・、馬鹿にしてんのかっ!」

 一人が怒鳴る。するとそれに呼応して、そうだそうだと声を上げる者がいる。それらに標的を絞って、フィリウスは露骨に嘲った。

「勿論・・・していますよ? 馬鹿の一つ覚えみたいに、罵声と暴力を振るうことしか能がない、貴方達みたいな人間は!」

 瞬間、この野郎っ! と声を上げて、十数人の男が周囲から一斉にフィリウスに向かって飛び出した。

「あの、馬鹿!」

 呆然と成り行きを見守ってしまったグランが真っ先に対応する。バルカスは一番近くにいたために、フィリウスを守るために立ち回る。遅れてオルグやサーディア、他の騎士達も動き出す。

 もう、完全に混乱状態だ。同じ騎士同士で、敵味方ほぼ半々で殴る蹴るの大騒ぎ。訓練時以外の帯剣が禁止されているために大惨事になっていないだけで、誰も止められない。この場で最もその権限があるオルグにですら、どうしようもない。

 遅れて駆けつけたユリウスは、そんな状況を見て唖然としていた。けれど立ち直った時、ユリウスは争いを止めることもなく、その辺の物陰にこっそり隠れた。

(またフィリが何かやったのですか・・・でもこれはこれで)

 こんな方法もあるものかと、珍しく他人の手腕にいたく感心する。とりあえず、弟子の心配などこれっぽっちもしていない、結構薄情なユリウスである。

 

 争いは、フィリウスに始まりフィリウスに終わった。

 最後まで残った一人が他の騎士の手を逃れてフィリウスに向かい、飛び掛られて背中から倒れる。その勢いを利用して、フィリウスは自分の体重の二倍近い相手を放り投げた。どうと倒れたきり、その騎士は動かなくなった。・・・後には、土ぼこりと汗の匂い、血と、乱れた呼吸、そして倒れた騎士達という凄惨な光景があった。

 フィリウスは荒い呼吸を整えて、解けて顔に張り付く髪を無造作に背に弾く。

「・・・見ましたか? わかりましたよね?」

 何がと、騎士達の目が一斉にフィリウスを見る。それらを見つめ返しながら、一言一言を区切るように、言葉を紡ぐ。

「同じ騎士同士で争うなんて、おかしいでしょう? でもそれが現状です。騎士が、同じ実力のない私を襲うなんて、おかしいでしょう? でも、現実です。事実が全てです。・・・騎士って、何ですか? 守るものじゃ、ないんですか? これでいいんですか?」

 切々と訴えかけるフィリウスに、皆ぐさりと心を突き刺された。しんと静寂が過り、うめき声さえ途切れる。

「・・・王や宰相では、できないことがあります。ハイレン様やルーク様にも、できないことがあります。逆に、貴方達にしかできないことも、あるんです。気付いてください」

 普段を知る者には信じられないくらい必死な表情をした、少女が、そこにいた。

「・・・フィ」

「す、すいま・・・せん、した」

 声をかけようとしたグランを遮って、か細い声がその場に響く。声の主を見れば、それは倒れ伏している中の一人・・・初めにフィリウスに怒声を浴びせた男だった。

「すいま、せん・・・でした。もう、しわけ、ない・・・」

 ごめんなさいと、うつ伏せに倒れて肩を震わせ、謝罪の言葉を発し続ける。それにわずかに笑みを浮かべて、フィリウスは何も言わない。

「・・・どうするのだ」

 そこに声をかけたのはオルグ。しかしフィリウスは、薄く微笑むばかり。

 どうすればいいのかと額に皺を寄せたオルグに、その時、やや遠くからかかる声。

「オルグ様。それは、貴方の判断すべきことですよ。場に呑まれてはいけません」

 常の通り静かな声音で現れたのは、ユリウスだ。宰相は弟子の下まで歩き寄ると、その頭をべしっと叩いた。周囲はぎょっとする。が、叩かれたフィリウスは、当たり前のようにそれを受け入れた。

「・・・散々引っ掻き回して、満足しましたか? では、帰りましょうか、お馬鹿さん」

 ひやりとするほど、冷たい声。はいと答えたフィリウスは、去る際に顔を見せないように下を向いたまま、一度礼をして師の後を追った。

 それを見送った者達はやりきれない思いを胸に抱いて、その背が見えなくなるまでしばらく見つめていた。

 

 現場からだいぶ離れてから、ユリウスの一言目。

「全く、私まで使いますか」

「あら、先生が勝手に収めてくれたんじゃないですか。・・・まあ、使えるものは何でも使いますけど、私」

「わかっています。でも、あそこで私が出て行かなかったら、どうやってしめるつもりだったのです? オルグ様はあんなだし、貴女が沙汰を言い渡すわけにもいきませんし」

 宰相の弟子が何かを命令したら、それは王の命令に直結してしまう。元より書類の改竄は重罪で、あくまで騎士団内での出来事に収めないと事が大きくなってしまい、下手をすれば団長であるオルグや隊長達の責任まで問われかねない。・・・実は、そんな危ない状況だったのだ。

「それはまあ、色々方法が。最終的に泣き去るとかすれば、どうにかハイレン様が始末をつけてくれたでしょう」

「・・・涙は女の武器とは、よく言ったものですね」

「ええ、本当に」

 ・・・実は、ユリウスに連れ帰らされるところまでが演技だったと、どれだけの者が気付いただろう。

(多分、あの様子じゃ誰も気付いてないわね)

 ――事情と結果が良い方向だからまだいいものの、人の気持ちすら言いように使ってしまう、フィリウスこそが本当は一番の悪者かもしれない。

「・・・つくづく、いい弟子をもったと思いますよ」

 ユリウスはそう言って、空を遠く仰いだ。

 

 後日、何事もなかったかのように廊下を歩くフィリウスの前に、三人の男が飛び出してきた。勿論警戒し逃げようとしたが、その男達はこともあろうに、いきなりその場で土下座をした。逃げようにも逃げられなくなったフィリウスは、あまりの恥ずかしさから、とりあえず立ち上がるように男達にお願いした。

「おお、こんな虫けらどもに、そんな優しい言葉をかけてくれるなんて! あんたやっぱり、天使だ。きっと天使なんだ!」

 意味不明な言葉にさすがに引く。だが根気強く話を聞くと、それは先日の騎士達の中で、処罰を免れた者達らしい。

 彼らの話によると、さすがに数名は、あの事件で騎士団を辞めさせられ、もしくは自ら辞めていったという。けれどオルグは寛容な処置をとり、心根を入れ替えて再度騎士になろうという者は歓迎するという意を述べたそうだ。

 それは良かったと心から言ったフィリウスに、男達はまた天使を連呼した。

 ・・・どうやら、フィリウスは騎士団の中で、アイドルを通り越して天使になってしまったらしい。喜べない、と引きつった笑みを浮かべるのだった。




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