宰相の弟子

グレフィアス歴648年   9





 焚火が燃える。静かな夜に、炎の光が彩りを添える。

 シェドを出てから、そろそろ二週間。しばらくは落ち込んだ様子だったフィリウスも、すでに元気を取り戻している。

 その日の夜の話題は、自然と家族の話に移行していた。

 

 ――俺の妹は恋愛結婚したんだ。父親のつてで商人の息子とでも結婚するところを、駆け落ち同然に逃げたと思ったら、既成事実を作って戻ってきて、“このひとと結婚するから”だ。認めないわけにはいかないだろ、すでにお腹の中に子どもがいたんじゃ。

 ――私は兄と姉がいるのだけど、家を継ぐのは兄、才覚があるのは姉よ。小さな頃からよく言い争っていたわ。でも、二人とも大人になって、互いに助け合うことを覚えたみたい。良かったわ。

 ――俺は三男だったんだ。父親も兄達も厳格でな、家はいつも窮屈だった。で、どうにかして家を出ようと思って、色々やってみたんだけど、一番合ってたのが剣だった。それで流れ流れて、今は傭兵だ。

 

 全員それなりに苦労があって、けれどそれに負けることなくはつらつとしている。すごいな、とフィリウスは感心する。そして、その笑い話のような苦労話を聞いて、彼らが家族を大切に思っていることが、わかる。

 あったのは、苦労や苦痛だけではない。喜び、楽しみだって、沢山あったのだ。

 

 

「・・・で、フィリは?」

 話を振られ、はっとする。少しぼうっとしていた。

「え、えっと・・・」

 話そうか、どうしようか。困っていれば、シィザが助け舟を出す。

「あの、さ。・・・話したくなければ、別に、いいぜ」

 旅の間は敬語を使わないように言ったため、年相応の男っぽい口調だ。その目は心配しているようで、とても優しい。そうよ、と頷くエルーもまた、優しい目をしている。一人、何故かフィリウスの家庭事情を知っているらしいザギを見る。ザギもまた、同じ目。

「・・・ううん。聞いて、ほしい」

 こんなに優しい目をした彼らに、何を隠すことがあろうか。

 フィリウスは語った。――祖父のこと。両親のこと。大叔母のこと。フィリウスが育った、カディアでのことを。

「安穏では、なかったけれど。・・・幸せだった」

 そう、語り終える。フィリウスの話を聞いた彼らは、一様に黙す。何だか暗い空気になってしまったなと苦笑し、

「聞いてくれて、ありがとう」

 そう言えば、三人は目を見合せて、それから、

「どういたしまして」

 声を揃えて言った。

 

 

 そうしてそれからさらに四週間ほど後。彼らは、アデア聖国の地へ足を踏み入れた。




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