リズカイト・セルクの独白
一人の部屋で、リズカイトは嘆息する。今頃ユルに甘えているはずの王と、それを苦笑でもって受けているだろうユルを思い浮かべて。 ディルガルドはユルの存在に甘えている。少なくとも、リズカイトの目にはそう映る。一日でもユルと会えないと安心出来ない。……間違いなくユルはディルガルドの弱点だ。 あの日、ディルガルドは呆気なく父を亡くした。アーシェルトの王であったディルガルドの父親は、彼らの前で首を裂かれ血を噴いて死んだ。そして、父の後に殉ずるはずであったディルガルドは、ユルによって命を拾いなし崩し的に王となった。 いきなり王とならなければいけなかった若きディルガルドにとって、ユルは特別だった。魔王の手から生き延びたユルに。その気になれば自分の横に立つことが出来る英雄に。甘えている。 「わかっているがな。……私達では、ユルほどにディルを支えるなど、出来なかったということくらい」 リズカイトは天井を、その向こうにあるだろう空を仰ぎ、どうしようもないなと首を振った。大変な状況で、未熟なまま王となったディルガルドを、今のように成らしめたユル。ただ横にいるだけで、ディルガルドにとって精神的な癒しとなっているユル自身は、その想いをどれほどに理解しているだろうか。一度亡びかけたものが、ユルを中心として持ち直した。そしてもうほとんど傷痕も隠れた今でもなお、ディルガルドがユルに依存しているというその危険性を、理解している者は。 「ディルには……そろそろ自ら、気付いてほしいのだがな」 王に忠言をするのも、宰相たる者の役目。やはり四年前、ディルガルドとともに宰相となったリズカイトは、その気が重い作業にまたしても溜息をつく。ユルが、甘えるなと一言言える性格ならば良かったのだ。鬱陶しいほどの過保護を、苦笑をもって受け入れてしまうような性格でなければ。 けれどそれは、どうしようもないことだろう。ユルは忍耐強く、ひとの好意を退けない。ひとの機微に敏いのだ。だからだろうか、ここ最近、少しずつだが、ディルガルドと距離を置くようになっているのは。今回は十日。先月は七日。その二週間前には三日。リズカイトの知る限りでは、ある程度の間を取って、ごく数日ずつだが、ユルはディルガルドから離れようとしている。 「全く……嫌な性格をしている」 リズカイトの想いまで、ユルは言わずとも察してしまっているのだ。……どのような生活をしてきたのか、当時まだ十代の青年は、その頃からやけにひとの想いに敏かった。それでは逆に生きにくかろうと、そう思う。 四年前、一命を取り留めたユルが目覚めたのはそれから二日後の夕方のことで、窓から漏れ射す夕陽の淡い赤色を浴び、真っ白だった頬にも赤みが戻っていた。対して今にも倒れてしまいそうな顔色をしていたディルガルドに、起きて第一声、ユルは言った。 「王子様。いえ……王様。この国は、残りましたよ」 ディルガルドの王としての自覚を促し、その責任をもたせるのに、これほど優しく残酷な言葉はない。しかもその一言にさっと青ざめたディルガルドに、続けて、 「復興させなきゃ、ですね。でもその前に、ちゃんと寝てください。それで起きたら、笑ってください。……折角生きているのですから」 そう言ったものだから、始末に負えない。ディルガルドはそれ以来、親にするように親しき友にするように、完璧に心を許してしまった。 「いや、心を許すのは、別にいい……」 この際、甘えるのも仕方ない。リズカイトの心配は、もっぱらユルに向けられる。 「……ユルは、無理を、してはいないか?」 英雄の誇りを拒否するユル。ずっと、俺はただ自分の望みを叶えただけだから、とそう言っている。片目を抉られてまで、何を望んだというのだろう。ユルはずっとずっと言っている。俺は何も後悔していないし、自分の望み通りになって、幸せですらある、と。 ユルは、ディルガルドを、リズカイトを、ジークロアを、この国の者全てを、庇っている。目を取られたのは自分のせい、そう言いきかせることで、自分を追いつめているように思える。 リズカイトも、ディルガルドのことを強くは言えない。結局、ユルのことが心配でしょうがない。 「……私もまだまだ、だな」 ユルの側にいて、その存在の特殊さをありのままに受け止め、傍観しているのは、今のところジークロア一人くらいのものだ。勿論ジークロアとてユルを構うが、そこには大人の対応が見え隠れしている。ユルが保とうとする距離を無視する愚は犯さない。ジークロアと一緒にいる時、ユルは一番肩の力を抜いている。 「……ああ、本当に。私はまだまだ、駄目だな」 ――リズカイトは独白する。重荷を負ってもがいているのは、何もディルガルド一人ではない。リズカイトもまた、宰相という荷に潰されかけ、ユルの存在に甘えているのだ。
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