王と英雄

ディルガルド・アーシェルトの後悔





 ユルの人生を狂わせたのは王。……二人の、王。

 片目を失った時、どれほどに痛かっただろう、今でも夢に見て酷くうなされているのを知っている。ユルは誰も責めない。その行為を誇ることもない。

 あまりにユルに固執しているから、リズカイトが心配しているのを知っている。ジークロアが呆れているのを知っている。そして何より、ユルがディルガルドから離れていこうとしていることを、ちゃんと知っている。

 ……十日、会わなかった。これが何度目か、ユルは少しずつ、ディルガルドから距離を取っている。それが本来の適切な距離だということ、ディルガルド自身もわかっている。今回は、ディルガルドだって我慢したのだ。その結果が十日である。たったの、十日だ。

「ふう……」

 夜のこと、窓から射し込む月明かりはほのかに室内を映し出す。それがあの時の状況と重なって、ぎくりとする。寝台に横たわり、目覚めない姿。また夜が更け、沈んでいく太陽と一緒にその命までも消え去っていってしまうのではないかと、そう思ったあの夕暮れ。

「いや……ユルは、ちゃんと生き残った」

 幼い頃、ディルガルドを残し死んだ母。あの惨劇の折、目の前で殺された父。誰も彼もが自分を置いて、背負えないほどの荷物を肩代わりして。王になった当初は、なんて理不尽なのだと、そう思いもした。

「……父上」

 時節、ユルに父の姿が重なる。蹂躙する魔王に対し父が最期に叫んだ言葉は、今でもディルガルドの耳の奥に残っている。“王として、決してこの国を魔王に渡すことなど出来はせん”。

 そして呆気なく父が死んだ後、魔王と対峙し結果国を危機から救った英雄、ユル。本当ならばその役目は、ディルガルドがすべきことだった。しかしディルガルドはしなかった。出来なかった。ただ、魔王が国を亡ぼすのを諦観するのみ。

「王と、英雄・・・・・・。私達は同じ場所になど、決して立ってはいない、な」

 魔王の前に屈した王と、魔王を退けた英雄。ユルが英雄としての何もかもを拒否し続けたために、魔王は“王によって”倒されたと民衆には広まってしまった。真実を知る者達は、誰もディルガルドを責めはしない。それどころか、四年という短い歳月でよくぞこの国をここまで持ち直した、と褒める。

 その言葉は、想いは、ディルガルドを苛んで止まない。それでもこれは、ディルガルドが甘んじて受けるべき、罰なのだろう。

 ――ディルガルドは後悔する。この月の下、平和を取り戻したアーシェルト。その一方で、二度と癒えぬ傷を負い、今も泣いているかもしれない者達がいる。少なくともそのうちのただ一人、ディルガルド自身が代わりになることが出来ただろう者もいた、と。




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