王と英雄

ユル・ラナの想像





 神々しいほどに真白い光を浴びせかけ、月が天頂へと昇っていく。

 ユルは想う。ただ想う。その心中など誰一人としてわからず、その喜びも苦しみも、ユル以外の誰とて知りえない

 ユルは、笑っている。清涼な月光に照らされる城の上、どうやっても行くことの出来ないはずのそこで、夜風に吹かれ佇んでいる。

「……そう、後少し」

 両目で捉えた視界は広い。それは元々ユルが見ていた視界であり、しかしそれとは全く異なったものでもある。

 ユルの藍色の瞳……それは、やや特殊なものだ。遠く肉眼では見通せない世界を、見ることが出来た。ユルの父母は物心ついた頃には既に亡く、血の繋がらない祖父によって育てられたユルは、生まれ持った瞳を厭われて少年時代を過ごした。

 だがユルは、この瞳が好きだった。遺伝かはたまた突然変異か、ひととは違う力を持つことは密かな自慢であったし、何より、その力を行使して見た世界の中には、沢山の“幸せ”が溢れていた。

 温かな家庭を持つ幸せ。健やかな子が生まれる幸せ。天寿を全うし惜しまれながら逝く幸せ。……ユルには縁のない世界。それを見ることは、いつしかユルの幸せとなった。

「まあまあ、そんな急かさずとも、時間はたっぷりあるじゃないか」

 かつてのようにはいかないが、それでも変わりなく幸せを映す瞳の、真の素晴らしさを、ユルは理解している。何しろ自分のものである。そして今は、それを共感してくれる者さえいる。

「飽きてしまうならば、そう……見渡してご覧よ」

 ユルにとって特別なひとが出来た。遠く誰かのものでしかなかった幸せを、ともに歩めると思える者。それに出会えたのはまさしく奇跡だ。ユルはだから、笑う。彼と一緒にいる間は嬉しくて、楽しくて、本当はいつだって寄り添っていたい。

「うん? ……何言ってるんだ、俺は幸せだよ。お前さえいれば」

 ――ユルは想像する。二人の藍と赤、互いに鏡合わせのような色彩を見合せて、遠くにあった幸せを。




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