十話 青・弟子
月夜の晩。青の弟子達が月の儀練地に集まっている。会話はなく、皆ばらばらの方向を向いている。青の魔王が弟子達を呼び出した。彼らは大急ぎで儀練地へ集合し、主を待っていた。そこに、ふっと青の魔王が現れる。青の衣服がゆらめいて、待たせたね、と声をかける。 「いいえ、魔王様。・・・今日は何か?」 代表して答えるのはオネ。簡潔なその問いに、魔王が微笑んだ。 『そう、我が弟子達よ。喜ばしいことだよ』 そう言って儀練地に穴を開ける。そこからゆっくりと歩み寄ってきたのは、セグレットとよく似た青色の髪と薄水色の目をした、オネと同年代ほどの外見をした青年だ。 『喜びなさい。全ての弟子が、これで揃った。この子はセトル。――青の五番弟子さ』 セトルは、強い眼差しで兄弟子達を見つめ、黙って頭を下げた。 セトルは出来の良い弟子だ。初めからある程度の術が使え、フォウルと並ぶほど飲み込みが早い。物事を波立てるような振る舞いもしない。オネとトウは勿論、フォウルも彼が気に入ったようだ。セトルは楽しそうに溶け込んでいる。 そしてそれと逆に、セグレットが孤立していた。 「・・・何で、かなぁ」 草木に水をやる。土を耕し、新たな種を植える。作業しながら、ぐるぐると思い悩んでいる。 「何でかなぁ・・・」 わからない。何故、セトルがセグレットを避けるのか。それがわからない。 セグレットの孤立の理由は、オネとトウが一番若い弟子の世話を焼くのに忙しく、フォウルに常の通り無視され、セトルに避けられているからだ。 セトルは、初対面でセグレットを見た時とても驚いた顔をして、それからずっと、セグレットを避けている。嫌われたというよりも、とことん嫌悪しているという感じだ。近付くとさりげなく逃げるし、目も合わせない。お陰で理由すら聞けない。 「・・・どうしよう」 ため息ついて、空を見上げる。セトルと、自分のそれと同じ、淡い水色の空だった。 月が上がる。神々しいほどの満ち月が、空を照らす。 空に浮かんで、セグレットはそれを見つめていた。物心ついた頃から、満月には何か特別なものを感じている。ここが本当は夢の世界で、それに気付いた時、自分がどこかに溶けていってしまうような感覚。あの月の向こうで、誰かに呼ばれている気がする。 「・・・あっ」 無心で月を見上げていたセグレットは、足元で上がった声に目を移した。そこには、セトルがいる。驚いたような、どこか呆けた顔でセグレットを見ている。目が合う。するとセトルは急いで身を翻す。セグレットは静かな声で、その彼を呼び止めた。 「セトル、待ってください。・・・少し、話をしませんか?」 地に降り立つ。セトルは背中を向けたまま固まっていたが、やがて観念したのか、 「・・・ああ」 絞り出すような声で答えて、セグレットに向き直る。 セトルが青の弟子になってから、初めて、二人はしっかり話し合う機会をもった。 何をどのように訊こうか。多少は考えたが、セグレットは思い切って、正面から爆弾を投げつけてみた。 「セトル。どうして、ぼくを避けるんです?」 セトルは一瞬絶句する。 「直球か・・・」 苦々しげに顔を手で覆う。セグレットは軽く小首を傾げつつ、 「色々考えてみました。でも、思いつきません。セトル、ぼくはあなたに、何かしました?」 セトルはそのままで答えなかったが、やがて首をゆるゆると横に振る。 「いや・・・何も。何も、してない」 それならば余計に避けられる理由がわからず、セグレットは続きを待つ。セトルはしばらく話すのを躊躇したが、ため息を一つつくと、すっと視線を合わせた。 「悪い・・・。お前が、あまりに巫女に似てるから」 巫女、と呟く。セトルは頷いて、語りだす。 「俺は、巫女の身代わりだったんだ」 ――巫女は、セトルの里の長より偉い、特別な存在だった。天候を占い、吉兆を判断し、ひとの心を当て、過去を読む。巫女は絶対の存在で、いなくてはならぬものだった。 「でも、その巫女が消えたんだ。七年前、巫女が六歳の時に」 ――忽然と消えた巫女は見つからず、里の者は慌てた。巫女がいなくては何も出来ない。次の巫女が見つかるまで、どうにかして里を支えていかなければならなかった。 「それで、俺が代巫女になった。ならされた。巫女の力なんてなかったのに、ただ容姿が巫女と同じだってだけで」 ――それから七年、巫女は見つからず、次の巫女も生まれない。何の力もないセトルは、名前だけの巫女として里にあった。ただ、巫女という役職の間をつなぐためだけに。 「そのいなくなった巫女に・・・そっくりだから。きっと今生きていたら、お前と同じ年くらいだって思ったら、すごく、憎らしくて」 ・・・だから、避けていた。セトルはそう締めくくる。 静かに話を聞いていたセグレットは、ごく落ち着いた声で問う。 「魔王の弟子は年を取るのが遅くなるということ、聞いていますよね?」 セトルは苦笑して肯定する。 「聞いてる。だから別人だって、わかってる。・・・でも、感情が追いつかなかった」 憎らしい巫女。それほどに似ているならば、しょうがないかとも思う。セグレットは微笑する。 「・・・ぼくは、人間の年に換算するならば、もう七十年ほど生きているんですよ」 セトルは、は? と声を漏らして目を丸くする。 「七、十?」 こくりと頷き、 「赤ん坊の頃から、ここにいます。だから絶対に、その巫女とは違いますね。・・・年は食っていますけれど、まだまだ未熟者です」 嘆息して、空を見上げる。二人を見るは月ばかり。月光は目に痛くない程度に輝く。 「・・・だから、あなたにも避けられたのかもしれません。ぼくがもっとしっかりした弟子ならば、そのような疑いを抱く間もないでしょう」 セトルは否定の声を上げかけたが、セグレットの言葉を完全否定出来ないのも、事実だ。結局何も言えず口ごもる。 「これでも、兄弟子なんですけれどね。すいません、セトル。ぼくは、オネさんやトウさんに比べて、頼りないでしょう。フォウルにも甘く見られていますし。・・・はあ」 落ち込んだセグレットに、慰めの言葉をかけるべきか。セトルは少しおろおろして無意味に手をさ迷わせる。 「えっと・・・」 慰めるよりも謝るべきなのか、それとも励ますべきなのか、と目まぐるしく考えていたら、セグレットはふっと笑った。そして、ふわりと宙に浮かぶ。 「・・・理由を聞けて、安心しました。今日はもう遅いですし、ここまでとしましょう。セトルは先に帰ってください。ぼくはもう少し、ここにいますから」 月を背に微笑むセグレット。セトルはその幻想的な様子に目を奪われる。おやすみなさいと言って上空に飛んだセグレットを追う術は知らず、しばらく満月に見とれる少年の姿を見上げていた。が、おやすみと呟くと、一人部屋に戻った。 誤解が解けた二人は、兄弟子と弟弟子いうよりもむしろ友達同士のように親しくなった。それに伴い、青の城の静観な雰囲気は、ようやく時が動き始めたかのように、にわかに活気づいていった。
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