九話 礼・大箱小箱
朝、庭に出ていたセグレットは、城に向かってくる二つの人影を空に見た。目を凝らす。そしてぎょっとすると、慌てて門に走り開け、外に飛び出る。 「あ、出てきた。早いね」 「ね」 全速力だったので少し息を切らせながら、セグレットは彼らに声をかける。 「い、一体・・・何の御用でしょうか? 赤の弟子のお二方」 片方は知っている。普通に考えて、片方が赤の弟子ならもう片方も然りだ。 「ふふふ、今日はお使いだよ。あ、ランとは初対面だよね?」 「はじめましてー」 「あ、はじめまして・・・」 答えて、しばらく沈黙。それから首を傾げつつ、尋ねる。 「お使い?」 赤の弟子達は笑いながら手を閃かせて、その場に二つの物を出現させる。 「これだよ。魔王様から、この間の本のお礼。どっちか、選んでね」 ・・・セグレットの前に置かれたのは、大きさの違う、二つの箱だった。 赤毛の、まるで兄弟みたいな少女と少年――マヨとランの置き土産を前に、青の弟子達は討論している。 「これは、罠じゃないのか?」 「でもトウさん、赤が青に仕掛ける理由なんてありませんよ」 「お礼だと言われたんでしょう? なら、普通にお礼なんじゃないの?」 「そう考えるのが自然だろう。しかし・・・」 彼らの前にある、二つの箱。片方は大人が入って余裕な大きさ、もう片方はねずみが入ったらぎゅうぎゅうな大きさ。これは、一体何だろう。先日セグレットが届けた赤の本、その礼らしいことは確かだが、 「・・・どうしましょうか、これ」 嫌がらせかと思ってしまう。どうしたらいいのだろう。 「そもそも、受け取ってもよろしいのでしょうか?」 「今さらだし、受け取らないのも問題だろうな」 「赤の魔王様のご好意なのだとしたら、より大きい箱の方を貰うべきかしら」 「箱の大きさなど、何の基準にもならないであろう」 むしろ、これは挑戦だと、オネは言う。 「挑戦・・・?」 「どちらかに、価値あるものが入っている。それを当ててみせよという、赤の魔王様の挑戦と考えるのが、妥当だろう」 オネの言葉は説得力がある。青の弟子達は重苦しく頷いて、一つ間違えたら矢でも射かけられるかのような緊張した表情で、話し合う。 「大きいからと、よいわけではありませんね」 「小さいからと、悪いわけでもない」 「中に何が入っていると思います? オネ様」 「・・・わからない」 「大きい方は・・・重いものでしょうか」 「なら小さい方は、軽いものか? さっき持った時は、さほど変わりはなかったが」 「術で重さや大きさを変えているのかもしれないな・・・」 「相手は赤の魔王様でしょう? その立場で考えてみたらどうかしら」 「赤の魔王様の立場・・・」 「黒は、敵だな」 「セグレット。お前は確か、ここ最近黒と関係を持っているな?」 「は、はい・・・。しかし、ぼくを介して黒を攻撃するようなことは、なさらないのでは」 「しないだろうな」 「ああ。・・・そういえば赤の魔王様は、フォウルを気に入っていたな」 「私を?」 「五番弟子まですでにいたので、諦めたらしいがな」 ・・・脇道に逸れつつも、彼らはどちらの箱を選ぶべきか予想する。朝から始まった議論は昼を回り、夕刻近くまで続いて、ようやく決着がついた。 「では・・・開けます」 最終的に選ばれたのは小箱の方。その中から出てきたのは、果たして。 送り返された大箱が、四番弟子・マヨと五番弟子・ランの手で赤の魔王の前に運ばれる。 『へえ、やっぱりね・・・』 魔王はくつくつと笑う。 「小箱を選ぶって、わかってたんですか? 魔王様」 マヨの質問に、わかってはいなかったよ、でも、と言葉を続け、 『青の弟子達は真面目で謙虚だからね・・・欲張らないだろうと思ったのさ』 さらに笑う。なるほど、とラン。ちょっと会話をしてから、弟子達は魔王の前を辞した。 『こっちを選んでもよかったのに。・・・まあ、ほんの少しだけど、赤の魔王の加護を』 ひとしきり笑った後、封を解かれた大箱から飛び出た赤い縞柄の虎を撫でつつ、赤の魔王はどこか遠くを見やって微笑んだ。 小箱の中身は、月の飾りがついた銀のネックレス。赤い小さな宝石が驕らずに輝いた。
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