魔王の弟子の物語 〜Tales of the Dragon's Pupils〜

三話   襲来・剣





 晴れ渡る陽気・・・が好きなわけではない。暑いのは正直苦手だし、寒いのもまた然り。何事も極端はいけない。そう、思う。第一、こんなに暑いと庭の草が枯れるじゃないか。

「・・・ねえ、アル?」

 蒼い猫は尻尾を一度振り、応えた。

 小柄な青い花は咲き終え、今は青と白のグラデーションが強く目を引く、下に垂れ下がる花びらが美しい。暑さに強いこの花は、このような陽気でも盛んである。

 これは、セグレットが改良したものである。青と白・・・相反する二色の組み合わせは毅然とした美しさを醸し出す。青一色より映えると思う。それはやはり、美しい。

「アル、お前、魔法使えるようにならないね」

 また一度、尾を振る。セグレットの憂慮は、どうやら届いていないらしい。一つ、ため息。雲一つない空に目を向ける。

 使い魔が魔法を使えるようにならないのは、はたしてなぜだろうか。これは、自分のせいだろうか。

 晴れ渡る空は、どこまでも深い青だ。

 

 見上げる空に、一つ点が浮かぶ。点は大きくなっていく。しばらくして、気付いた。

「トウさん」

 呼ぶと、点は餌を見つけた鷹のように一直線にセグレットの元へ降り立った。

「セグレット、またここにいたのか?」

 呆れている声。黄色い瞳が、真っ直ぐセグレットを見ている。

「はい・・・。トウさんは、巡回ですか?」

 訊かずともわかっているでしょう、と暗に告げながらもセグレットは答え、トウはそれに憮然と頷いた。紋章事件のようになってはいけないから、と。

 紋章事件。そのままの名称ではあるが、相手に伝わるならばこれでいい。セグレットはその言葉に、同じく一度頷いた。

「ぼくも手伝えればいいのですけど・・・」

 寂しそうな顔で笑みを浮かべるセグレットの頭を、トウは軽くはたく。

「誰にでも、自分の役割がある。お前はこの庭をここまで蘇らせて、世話しているのだから、誇ればいい。負い目に思うことはない」

 トウの言葉は慰めではなく、ただ淡々とした事実だ。セグレットはうっすらと笑う。

「・・・トウさん。あれ」

 そして、さきほどから視界にちらちらしていたそれを、す、と指差す。

 影に紛れて闇となるような、漆黒の蝶。それを見て、トウが眉を寄せる。

「オネか」

 手を出すと、蝶は不規則な動きで羽ばたき、トウの手の平に羽を休めた。同時に、その漆黒の羽の上に、ぼう、と光る淡い輝きで文字を描き出す。秀麗な文字は、古代語で書かれていた。

「・・・俺には読めないな。セグレット、頼む」

 自分の役割、とトウは言ったが、例えばこういったもののことを言うのだろうか、とセグレットは文字を読み上げながら思った。

 

 緊急の呼び出しだった。一番弟子・オネの緊急通知は他の何より大抵悪い。緊急、というだけあり、即座の行動が結果を決める。

 セグレットはトウとともにオネの元へ飛ぼうとしたが、その肩にひらりとアルが飛び乗った。蒼い毛並みはつやつやと輝き、今日の陽気でも涼しげにすましている。

「アル、危ないから・・・」

「いや、連れていこう。使い魔ならば、危険もともに越えるべきだ」

 下ろそうとする手を留める。トウの肩にも青い極彩色が留まっている。ケェエエェッ、と一声鳴いた。そして飛ぶ。

 一瞬視界を奪われた後、目の前には黒い艶やかな髪が滝のように流れていた。珍しく、結わずに解いている。振り向いた目が、湖面の冷たさでこちらを見る。

「来たか。では、話す」

 唐突に、オネは二人の前へ映像を広げてみせる。

「・・・なんだ、これ」

 トウが声を上げる。見ているものを突き止めようと、少し目を細める。

 それは、泡立つ水だ。異常なほどの大きさの泡が、幾重にも幾重にも重なって生み出される。一箇所ではなく、何箇所もだ。そして時折、何か大きなものが跳ねる。

「・・・魚、ですね」

 難しい顔で言えば、それはわかると厳しく言われる。セグレットは黙り、兄弟子達の話を訊く。

「太古の魔性。ここは、黒の領域との間にある沼だ。干渉地域外だが・・・」

「未区分領域のことは、半々、か」

「そういうことだ。トウ、セグレット、お前達に行ってもらう」

 トウは間髪入れず頷くが、セグレットは不安げな視線を兄弟子二人に向ける。そして、口を開くが・・・。

「否やはなしだ。さあ、行け」

 オネは一刀両断にし、常のように冷たい視線で射抜く。セグレットは反論を許さない言葉に黙り込み俯くが、トウは、行ってくる、と告げてその場からセグレットを連れて消え去った。

 オネは二人が消えた後小さくため息をつき、思い出したかのようにその髪を結い始めた。

 

 うっそうと繁る森の奥。ここには人間は来ないだろう、セグレットは辺りを見回しながらそう思う。生えているのは全て、毒草であった。

 あれほど青く澄み渡った空が、見えない。隠れてしまっている。陰は、涼しいというよりは蒸し暑い。以前は一本に括っていた髪を肩に流しているのが、余計に、なのかもしれない。かきあげて手で一本にまとめる。

「・・・違和感あるのか?」

 トウが何を尋ねたのか、わからなかった。何が、というように目を丸くすると、トウは自分の青混じりに黒い髪を指差して、これ、と言った。

「・・・髪、ですか? ああ、長さ・・・。いえ、大したことはないです。ただ、縛れなくなったから首の辺りが蒸してしまって・・・」

 トウはその言葉に笑みをこぼす。そうか、と一言。

「・・・あ、トウさん。前!」

 ぱっ、と目の前に広がる、澄んだ水辺。その水面には泡一つ立たず、静かに・・・実に静かに広がっている。

 セグレットは、ゆっくり近付こうとする。だが、肩に乗っていたアルが声一つなくその鋭い爪を首に立てたので、ぴたりと立ち止まる。トウが先立って、沼へと近付いていく。その際まで来ても、沼は沈黙したままだ。驚くほど澄んだこれが本当に沼かと思うほど。

「・・・避けろっ!!」

 いきなり、誰かの叫び声。静寂を破るようなそれに、沼の水が突如泡立ち始める。セグレットとトウは二人とも、咄嗟に結界を前に張る。

 ばしゃっ、と不可視の壁に水が跳ねる。大量の水は、前に張った壁を通り過ぎ上から二人にかかってくる。反射的に目を閉じて、圧力が消えた後また開ける。その目に、大きな影が映りこむ。水にきらめき、虹のように照る鱗。巨大な身体が水から跳ね上がって・・・そのまま、空中を滑空していった。

「・・・飛べるのかっ!!」

 トウが一度結界を消し、こちらに向かってくるそれへ向けて原彩色の炎の鞭を打ち出した。だが傷は浅く、勢いが少し削れただけだ。

 二人にぶつかる瞬間、目の前に炎の壁が立ち上る。トウの炎の鮮やかさに比べれば大分劣って赤黒いものだが、それはセグレットが創ったものだ。

 空飛ぶ巨大魚は、その壁を突っ切って襲いかかろうとする。セグレットはその圧力に対すが、すぐその額に汗が伝い始める。

「耐えろっ! セグレット!!」

 はいっ、と応えるが、そう長く持ちそうもないとセグレットは思う。

 トウは炎の鞭を輪状にし、巨大魚の無防備なその尾へ引っかけ、釣り上げるようにしてぐいと引く。魚は体勢を崩し、尾が浮き上がる。そのタイミングを逃さず、トウは鞭の余った部分を首へ回す。鮮やかな赤が瞬時に激しい炎を上げ、巨大魚はもんどりうって倒れた。ぴくっ、と痙攣するその頭を、焼け跡が円を描いている。

「・・・いいぞ、セグレット。解け」

 言われて炎の壁を消す。どっと汗が噴き出す。それを拭いながら一つ息をつくと、トウが笑いかけた。セグレットは疲れた顔で笑い返した。

「・・・大丈夫だったかっ?!」

 酷く焦った、その声に振り返る。

 ざんばらな短い黒髪、黒曜石のような深く濃い黒い瞳、何よりこの場所が、彼が誰かを物語る。

「・・・黒の魔王の」

 トウが、す、と目を細める。青年は近寄ってきて、二人に怪我がないことに明らかにほっとしている。トウは数歳年下の外見をしたその青年の頭を、一発叩いた。

「何が大丈夫だったか、だ。いきなり声なんか出すから・・・」

 どこの誰であれ変わらないのが、トウの長所であり短所である。

「ってー・・・しょうがないだろ、危ないと思ったんだよ!」

 青年は叩かれた頭に右手を置いて、言葉のわりには軽い口調でそう言う。が、悪かったって言ってるのに・・・と小さく付け加えるあたりを見ると、自分の非を認めてはいるようだ。

「黒の弟子、お前、名は?」

 トウがそう問えば、青年は、

「・・・まず自分が名乗るもんじゃないですかねぇ・・・」

 と応える。トウはそれもそうか、と呟いて、

「俺は青の魔王の二番弟子・トウだ。こっちは三番弟子・セグレット」

 ついでとばかりに、所在無さげに立ちすくむセグレットも一緒に紹介する。

「俺は、黒の魔王の一番弟子・ルジィだ。よろしく」

 ルジィと名乗った青年は同時に手を出し、セグレットの前へ差し出す。何だかわからない顔でいると、握るんだよ、とルジィは教え、手を強く掴んだ。

「・・・で、いつまで握りあってる」

 しばらく成すがままにされていたセグレットは、トウの不機嫌な声にはっとし、慌ててルジィの手を振りほどいた。

 なぜか、トウがルジィを睨みつける。ルジィもトウを睨みつける。その間に挟まれてセグレットは硬直してしまった。

 ――睨み合いが続く中、ふ、とセグレットは視線を転じた。

 沼の水面はいやに静かだ。波一つない。穏やか、というよりは嵐の前の静けさのように。

「・・・トウさん。オネさんが視た中にあった泡、一つじゃなかった・・・」

 唾を呑み、セグレットは沼の水面をじっと見つめる。――水面がにわかに波立つ。トウと黒の弟子・ルジィが振り向くのと、同時だった。

「・・・防壁っ!」

 トウの号令にセグレットは反射的に結界を張る。黒の一番弟子・ルジィもだ。トウも一瞬遅れて不可視の壁を広げ・・・そこに、何十匹もの巨大魚が虹色の鱗をきらめかせながら突撃した。

 衝撃。セグレットの創った壁が、その強さにたわむ。

「・・・下がれ、セグレット!」

 保たない、と判断したトウはセグレットの壁の前に自分の壁を広げ、黒の弟子のそれとぴったりつなげてしまう。切れ目のない不可視の壁に、巨大魚は狂ったように打ちかかる。

「くそっ・・・なんの能力があるかわかんねぇから迂闊に手は出せねえし、結界緩めて相手に出来るほど余裕はなさそうだし・・・」

 黒の弟子が歯軋りするような声で言う。トウは何も言わないが、激突されるたびに表情を険しくしていく。セグレットは二人の背後に庇われるかのような形で、呆然としている。

「セグレット! ・・・城へ帰り、オネを呼べっ!!」

 トウの言葉にセグレットは、でも、と声を上げる。

 ――次元の道を通ることは出来ない。空も飛べない。この距離では青の魔王の城まで伝言を届けることも出来ない。戻るしかない。時間をかけて。

「でも・・・! トウさん、無理です! 保ちませんよ!」

「ごちゃごちゃ言わずに、行け!」

「トウさん・・・!!」

 トウの結界が、大きくたわむ。さすがに、長い時を生きているだけある。一匹ではなく数匹、同時に同じ箇所へ体当たりすることで、結界を破ろうとする。・・・だからこその、太古の魔性。その知恵や能力は、こうして不可視の壁すら凌駕する。

「・・・行けっ!!!」

 トウの叱責の声が飛ぶ。セグレットは、泣きそうな顔でその場から走り出す。出来ることがあまりに少なく、こうして、かけるのは迷惑ばかり。

 ・・・なぜ、青の魔王の弟子なのだろう。弟子として、いられるのだろう。

 その思いが、強く湧く。池から遠ざかっていく。・・・ああ、何も出来ない。

 ・・・ニギャシャアァァアっ!!!

 森の外へ出ようと走るセグレットの顔面に突然、蒼い猫がその爪をかけた。何度も連続で引っかき続け、思わず目をつぶり、そして転ぶ。

「・・・アルっ!!」

 非難を込めてセグレットが見れば、アルは怒りに燃える瞳でまたその顔を、腕を、引っかき噛み付いた。

「アル! やめなさい・・・やめて、アルっ! 今はこんなことしてる場合じゃないんだ! 早く城に帰らないと・・・!!」

 その言葉にまた、蒼い猫は叫んだ。その叫び声一つで、次元が歪む。

「え・・・」

 歪んだ次元に驚いたのはもちろん、その先から引きずり出されてくるものが、セグレットを硬直させた。

 漆黒の、刀身。巻きついた、生きた蔦の葉。間違いなく、剣である。剣とはいえ、どちらかといえばそれは刀である。刀剣、と言うべきか。

 ――使うべき時、使え。魔王はそう言い、これを渡した。

「なんで、この剣・・・」

 声が震える。隠していたのに、と。

 アルが小さな口で蔦をくわえ、セグレットの前に剣を引きずって置く。静かな目で蒼い猫が見つめる――その視線を感じながらセグレットは、手も出さず、呆然としていた。

 時を止めたかのように硬直するセグレットの背で、突然巨大な水柱が上がる。

 勢いよく振り返る。背後の木々ががさがさと揺れ、何かが、間違いなく近付いてきている。そしてセグレットは・・・覚悟を決めた。

 目の前に横たわる漆黒の刀身から鞘を投げ捨てる。蔦がしゅるりと衣擦れのような音を立て、セグレット自身の手にも巻きつく。

 見計らったようにちょうどその時、一匹の巨大魚が木々をかきわけ飛び出した。その前方に普段の動きが嘘だと思うほど素早く回り込んだセグレットは、一刀の元に致命傷を与え、その胸にとどめをさす。

 ・・・ひどく冷たい、それでいて悲しげな、表情で。

 蒼い猫を肩にのせ、巨大魚の青黒い血液に身体を染め、セグレットは元来た方向へ――トウと黒の弟子がいるその場所目指し、走った。

 

 数匹散ったことはわかっている。だが、対処しきれない。

「・・・あの子を行かせたのって、あれだろ。逃がしたんだろ、お前?」

 黒の弟子・ルジィがトウと背中合わせになりながら、そう声を出す。

「・・・さあ、なんのこと、だか、・・・っ!」

 二人だけを守るように、小さな結界を張り続けるのはトウ。攻撃は黒の弟子に一任しているが、太古の魔性の動きは素早く、不規則で、それでいて整然とし、統率されたものなのだとすぐわかる。主のようなものがいるのだろう。だがそれがどれか、検討がつかない。

 指揮者を叩けば、軍が乱れる。人界の戦争でも、それは当たり前に通用する。そして強ければ強いほど、指揮者を失った時の混乱が大きいことも。

「・・・まあ、いいけどさ。ところで、どれかわかったか。大きさはどれも同じだ。鱗の反射も。でも絶対、どこかに目印があるはず・・・」

 黒の弟子は、夜を固めたように黒い矢で一匹一匹攻撃していく。動きはにぶくなるが、致命傷には至らない。また、するり、と集団の中ほどまで戻って、しばらくして出てくる頃にはほとんど回復している。

「厄介だな・・・攻守揃ってやがる」

 一度退くべきか、と考え始める。その時巨大魚とは違う影を見たりしなければ、きっとその考えをすぐ実行していた。

 黒の弟子は、目をしばたたかせる。群れて宙に浮いていた巨大魚の一角が、徐々に地面へと落ち崩されていく。そしてその真ん中で俊敏で力強い動きを見せる人影を追って・・・。

 青い姿に、目を奪われた。

「・・・セグレッ、ト・・・?」

 トウが見たものを信じられないといったように呟けば、その顔が、す、とこちらを見た。

 ――底冷えするような、目の力。合った。その力が、ふ、と和らぐ。

「・・・トウさん、ルジィさん!」

 叫ぶ声は、少し泣きそうで。

 

「・・・セグレット! 主がいるはずだっ! 突き止めて、倒せ!!」

 生気を取り戻したかのように、結界にハリが出る。叫ぶ声の中に、先ほどのような調子は全く感じられない。

「よくもまあ・・・。溺愛してるな。強くて頼りがいのある兄弟子を演じて、それがあの子にとっていいことかどうか・・・」

 黒の弟子がその横で呟くが、当然、セグレットには届かない。トウはほんの少し額に皴を刻んだが、それだけだ。

 青い姿は返事もせず、再び太古の魔性の群れの中に突っ込んでいった。

 ――たった一刀で、その体勢を崩す。それから的確にとどめをさしていく。

 徐々に密度が高くなってきたことに、気付く。巧妙に隠しているのだろうが、この近くに主がいるのはわかる。太古の魔性の動きも他より俊敏で、攻撃性が高い。ぴ、ぴ、と体中に引っかき傷のような傷をつけられる。

 ふ、と一匹が目の前を横切った。その頭の辺りに、蔦のようなものが絡みついて・・・よく見れば、王冠のような。

「・・・あれ!」

 素通りしてしまってから、気付く。慌てて後ろから追いかける。その背に飛び乗って、漆黒の刀身を突き刺そうと振りかぶる。

 ――そしてそれは、罠だった。

「・・・っ!!」

 痛みが、走る。足蹴にした巨大魚が暴れて、抵抗も出来ず地に落ちる。背から身体全体に伝わる痛み、熱が、一瞬セグレットの意識を止めそうになる

 ・・・ニャ、ギャァァァアアアアっ!!!

 きっと、怒り狂った猫の鳴き声がなかったら本当に止まっていた。セグレットはその叫び声に痛みを押して起き上がり、目に、ピシャアァッ、と一筋の雷を見た。

「・・・魔法」

 呟くと同時に、頭に王冠を被った巨大魚の身体が、どう、と地に伏す。

 投げ出された蒼い猫の身体が、他の巨大魚のひれで傷つけられる。それを見てセグレットが駆け出すのと、太古の魔性の群れが混乱を来たすのと。ほとんど同時だった。

 ――そして、青の二番弟子と、黒の一番弟子が他の太古の魔性を殲滅しだすのも。

 

 セグレットは、蒼い猫を大切に抱きかかえて、泣きそうに笑った。

「・・・ばかだなぁ。痛いだろうに」

 背に大きな傷がある。不謹慎にも、同じところに傷があるね、と思う。

 失神したその身体に治癒術をかけながら、愛おしそうに、見つめる。

 ・・・役割分担、ってね。

 トウの言葉を思い出す。今しっかりと、セグレットはそれを果たした。トウの命令とは違う方向ではあっても・・・こっちの方が、ずっといい。そしてもちろん、アルも。

 後は、自分の出る幕ではない。

 セグレットは満ち足りた顔で目を閉じ、手に持った漆黒の剣を、絡みつく蔦を、もぎとって地に置いた。

 ――青の二番弟子と黒の一番弟子が全てを終わらせるのを、のんびり待とうと思った。




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