四話 有限時・薬
晴れ渡る空が眩しい。目を細めて見上げながら、セグレットは小さく、息を吐いた。 なんだかおかしい、と雑草を摘み取りながら思う。視線も虚ろと、頬に手を当て考えるも、原因が思い浮かばず眉を寄せる。 ――体調がおかしいのだ。 風邪か何かだろう、と思ったのだが、熱はない。咳も出ない。節々が痛むわけでもないし、身体も別にだるくない。何か、どこか・・・身体か、頭か、じん・・・、と熱を持っているような気はするのだ。ただ、わからない。 城にある魔術書は全て調べた。だが、該当する項目はなかった。あいにくと医術書はなく、人界に行こうかとも考えている。 ――人界。四番弟子・フォウルはつい五年ほど前まではそこで暮らしていた。正確には、人界のどこか。 人界には人が住む。主に、人が住む。獣だっているし、木だってある。けれど主には、人・・・人間が住む。他の弟子が人間でないのかと言ったらそういうわけでもないのだが・・・人間が密集する地、そこが人界。 人界には魔王の城にないものが多くある。医術書もまた、その一つである。大抵の怪我は治癒術で治ってしまうからだ。しかし病気は・・・治癒術では治せない。 だが・・・躊躇、してしまう。 人間とは、根本的に相容れない。常にうつろう世界にあり、自ら変化しようとする精神。適応するための知恵なのかもしれないが、世界の、揺るぐことのない根元を見つめるセグレットにとって、それは恐ろしいものですらある。 ふう、とため息をつく。もし自分一人ならば無視していたかもしれないが・・・。 この頃、アルもおかしい。 食べる量が減った。気付けば木陰で眠っている。 ――使い魔との間には、ほんのちょっとのつながりがある。アルに何かがあるのか、セグレットにあるのか、それはわからないが、見逃せない。 立ち上がってのびをしながら、一つ頷く。 人界へ、行こう。 三の門を開け、セグレットは人界へ向かった。 薄靄にぼんやりとした森の中を歩いた向こうに見えるのは、人界で一、二を争う都市だ。様々な荷物を載せた商隊が、馬車により近隣の町から作物や布など多くのものを運ぶ。 ――今セグレットは、青い髪に麻布を巻き、簡素な衣服をまとい、流れに紛れている。活気づく市場の声や色、人間の背中ばかり見ているせいか、少し気分が悪くなる。 セグレットは、光量を落とした店の、昼なお薄暗い硝子戸の前に立ち止まった。 扉を開ける。からん、と大きな鈴が音を立てる。 「・・・あの」 そして、戸の外から見ていた時にはわからないほど広い店内の、一番奥の揺り椅子でほこりを帯びた書物を開いている老人へ、声をかけた。 「ん・・・なんだい、ぼうや」 老人は、皺の奥に半ば埋もれた優しげな瞳をセグレットへと向け、そう尋ねた。 「あの、医術書みたいな本を、探してるんです。でも・・・ぼく、字が読めないんです。どの辺にありますか?」 いけないことを訊く子供のように。セグレットは努めて申し訳なさそうな顔をして、老人を見上げた。その言葉に一瞬、あわれ、といった表情を浮かべながらも、老人は快く返事をし、一つの書棚の前にセグレットを案内した。 そして親切にも、症状を訊き、それに合う書物を探し、ページを読み聞かせてくれた。・・・だが、どれも当てはまらない、とセグレットは首を振る。 「・・・難しい病気なのかね」 老人は、痛ましげな表情を今度は隠さない。セグレットはそれに合わせるように、悲しげに微笑した。 老人に礼を言い、セグレットは店を出た。 ――頭から解いた布に、一冊の本をくるんだまま。 「さて・・・これに載ってれば、いいけど」 都市の、集いの場に当たるのだろう。造形を描く水の流れの脇に腰掛ける。多くの子供が、その母親が、集まって笑っている。本をめくるのは、セグレットただ一人であった。 セグレットがくすねてきた本――それは、医術書の横の棚にあった、薄汚れた細長い紙の束だ。ただ一つ、セグレットの読める文字で書かれていた。・・・すなわち、古代語で。 それは古き物語を集めた書のようで、色褪せた挿絵が時たま見受けられる。 「・・・『遠き水辺にたゆたう神』。これかな?」 挿絵と文字から、判断する。ぱらぱらとめくっていく。最後まで読み切る前に、セグレットはどんどんとその顔を険しくしていく。 そしてとうとう、最後のページに達する前に、勢いよく本を閉じる。 さっと立ち上がり、前だけを見て走り出す。子供の一人にぶつかり転ばせてしまうが、振り向くこともなくただ走る。驚いた母親が子に駆け寄り、罵声を飛ばしてきても、セグレットは振り向きもしなかった。 本が、するり、と手から滑り落ちて地に落ちる。それにも気付かず、ただ走った。 ・・・神の怒りに触れしもの、その報いを受けよ。その毒は、赤き光の葉と、青き水の柱、そして、報いを受けしものの赤き一滴によってのみ解かれる。だがいまや、それらはこの世に存在せぬ。 これを書いたのは、遠き古き民より、後世の者だろう。その頃にはすでに、赤き光の葉も青き水の柱もなかったのに違いない。 ――だが、なんとしてでも探し出さねば。この毒は、この身と蒼い猫の命を、奪う。 「セグレット? どこ行ったんだ、一体・・・?」 巡回に行く時にはいつも、上から見下ろした庭にその姿があった。今日に限って、その姿が全く見えない。不審に思って庭へ降り立ったトウは、少ししおれた花の姿に不安になり、部屋にも足を運んでみる。 そこに、セグレットはいなかった。ただ、蒼い毛並みの猫が一匹丸くなって眠っているだけである。 「えっと・・・、アル、だっけ。セグレットはどこに行ったんだ?」 尋ねるも、応えない。蒼い猫は薄目でトウを確認すると、またその瞳を閉じた。 応えて、くれないか。トウはその様子に苦笑しつつ、ありがとう、と声をかけて部屋を出る。 「人界にでも、行ったか? まあ、すぐ帰るだろう・・・」 不安を拭いきれないまま、トウは巡回へ戻った。 トウは厳しい顔をしながら、オネの部屋へと足を進めていた。 すでに、四日。セグレットの姿が霞のように掻き消えてから。 「オネっ!」 「叫ぶな。・・・わかっている」 ノックもせずに扉を開けた。部屋は薄暗く、オネの姿はその闇に半分同化しているようだった。ただ、冷たい目の色だけが煌々として目立った。どこか人外の気配を漂わせた姿。声は凍えそうに冷たい。 「・・・森。どこかはわからないが、森だ。何度視ても、な」 オネはしばらく虚空を見つめたあと、抑揚の少ない口調でそう告げ、目を細めた。その仕草の中にため息と同じような感情が入っているのをトウはわかっていた。 「視えないのか? オネ」 「視えている。ただ、未区分領域か、聖域の近くなのかもしれない。追えないし、特定できない。遠見の術の欠点だな」 先程のようにどこともない虚空を見るのではなく、ただ視線をさ迷わせる。心配しているというよりも、困っているような様子だ。 「・・・俺は、手当たり次第、探してくるべきか?」 「・・・あまり賛成は出来ないな」 トウの言葉に、冷ややかに応える。オネが手を出すつもりがないことに思い至り、一人何か行動しようと、そのまま部屋を出た。 「トウ。セグレットの帰るべき場所は、ここ以外ない。必ず、帰る」 扉が閉まりきる瞬間そう声をかけられたが、応えず、閉めきった。 セグレットが常にいる素朴で綺麗な庭の真ん中へ立ち、トウは使い魔・ティーヴに合図を送った。極彩色な青色の鳥は、その青いくちばしを、一声上げようと開く。 「トウ様、待ってください!!」 そこに金切り声が浴びせられ、ティーヴは驚いて宙にその身を躍らせた。 「ティーヴ、待て! ・・・フォウル、一体なんだ!!」 いらついた様子で目を向ければ、フォウルが厳しい目を向けていた。 「・・・それ、なんだ」 フォウルの手に握られたものへ目を向け、訝しげに声を出す。 「セグレットが送りつけてきました。でも私にはさっぱり・・・」 驚きに目を見開いたトウは、歩み寄ると奪うようにそれを受け取った。淡く光を放つ丸い玉で、手の平から伝わる光の温度は熱いような冷たいような・・・不思議な感覚だった。 「・・・トウ。使い魔に、それを使ってやれ。使い魔が死んだら、遠からず、セグレットも死ぬぞ」 いつからそこへいたのか・・・非常に珍しいことに、オネが、ふんわりとした明るい陽の下に姿を現していた。漆黒の、滝のように長い髪の一房が、まとめられずに足元まで伸びている。湖水の冷たい目が、二人のことをしっかりと見据える。 「それは、解毒薬だ。・・・相当特別な材料を使ったようだな。力の余波が届いた」 「・・・解毒、薬?」 トウが震える声で聞き返せば、オネは強く頷いた。そしてトウが動かないのを見て、自らその玉を手に取り、セグレットの部屋へ向かって毅然と歩き出す。フォウルがすぐさま後へ続き、トウも遅れて背についた。 ぎ、と軽く軋んで開いた部屋の中は簡素で、落ち着いた青色で整っている。ベッドの横に小さな籠が置いてあり、そこには蒼い毛並みの猫が、頭まで硬く丸くなっていた。 「・・・やはりな」 近付き跪いたオネは、その蒼い身体に優しく触れながら呟く。 「オネ、何が・・・」 トウが緊張に声をつめながら訊くが、すでにオネの耳には聞こえていなかった。その手にのった玉が一際明るい光を放つと、その光は、す・・・、と小さな猫の身体へ行き渡り、吸い込まれていった。 蒼い猫は硬くなっていた身体の力を緩め、穏やかな眠りへついていった。すでに光の欠片も残っていない透明な玉を見て、オネは小さなため息をついた。 「・・・トウ、フォウル」 振り向いた時。その目はひどく険しかった。 「私は、すぐさま、この解毒薬と同じものを創らなければならない。手伝ってもらう」 二人は、真剣な表情で頷いた。部屋を出て行くオネに付き従い、扉を閉めた。 足早に廊下を進む。そして、突然の青。視界の青や白が、染まった。 「・・・魔王様」 周り中を囲われて身構えるトウと、硬直するフォウルを置いて、オネはただ静かに、その青をそう呼んだ。 「ま、魔王様? オネ様、なぜ魔王様が」 慌てたフォウルが叫ぶように尋ねる。その言葉に応えるのは、しかし、オネではない。オネはごく静かに、その目を青の一箇所へと向けた。どこかへ視線を固定し、言う。 「それは、魔王様へ訊くべきことだろう、フォウル」 『その通り、オネ』 そして間も待たず、その声が続く。 「魔王様。なぜ止めるんだ?」 敬意があるのかないのかわからない言葉を吐くトウは、腕を組み、目を細めて、オネとは違う場所を凝視している。青の魔王はあっさりと言葉を返す。 『何もする必要はないからだ、トウ。セグレットは、必ず、戻ってくる。今何をしても、徒労に終わるだけさ』 なぜ、と口を開きかけるが、音にはせず、言葉を呑みこむ。そして、フォウルがトウの代わりとばかりに口を聞く。 「なぜですか。セグレットは、魔王様の弟子でしょう。なぜ、見放すようなことをなさるんです」 怒りを含んだ、声音だった。トウは軽く目を見張って、視線を転じた。その目の中に、フォウルは毅然と立つ。 「なぜですか、魔王様。その元にあるのは、信頼ですか? 根拠もないその感情に、もしあいつが死んだら、どうなさるつもりです?」 フォウル、とオネがきつく名を呼ぶ。下唇を噛みうつむく赤い髪。青の魔王はしばらくした後、怒鳴るでも説得するでもなく、突如笑い出した。 『ははっ! フォウルはセグレットを嫌っていると思ったが、そうでもないようだね。そう、信頼だ。でもこの信頼には、絶対の確信だってある。待つことだ、フォウル。必ず帰る。無事に』 空間が突然戻る。目の前に、背後に広がるのは、高い昼の空と向こうへ続く廊下のみ。青の魔王の姿は、すでにない。 呆けてしまったように、フォウルは怒気を収める。その様を見て、オネが静かに告げた。 「・・・信じて、待機だ」 ごく静かな、その声音。二人を置き去りにして去っていくその背は、真っ直ぐで強い。 ・・・オネの“信じる”対象は、誰だろうか。漠然と思ったフォウルは、ちらりとトウへ視線を向けた。トウはその視線を受けて、猫のような黄色い目を苦笑に歪めた。 「・・・セグレットと、魔王様を、信じて待機だとさ」 隠された言葉を、正確に読み取ったのか。トウの主観なのか。判断はつかなかった。 トウもまた、去っていく。置いていかれたフォウルは二人が目の端から消えて相当な時間が経った後、苛立ち紛れに壁を蹴った。 「・・・そんな簡単に、どうにかなるものか」 押し殺した声は、廊下の静寂に消える。 フォウルは、あえて無視した。・・・この感情もまた、信じる行為の一つだと、わかっていながら。 赤き光の葉は、昼の眩しい日差しの中で、ただ一本だけ影のように光のようにその葉を繁らせていた。青き水の柱は、月の光の下で、透き通った古代の残骸のようにそびえたっていた。どちらも聖域に近く、危うく禁忌を犯すところであった。 ――聖域は、何者にも犯されることのない、世界だ。青の弟子も、白の弟子も、黒の弟子も、赤の弟子も・・・その魔王達でさえも、踏み入ってはいけない。だが、禁忌を犯した者がどうなるのか、それはわからない。 セグレットは、その薬を、自らの血を一滴垂らし仕上げとした。出来上がったものは、葉のせいか、柱のせいか、透明な玉に入れてあるのに、ぼんやりと光り輝き向こう側をのぞいても透けないほどだった。 ぎこちない動きをする体に鞭打ち、いまだ流れる血で宙に円を二重に描き、簡潔な古代語で行き先を示す。その円もまた、波打つように乳白色な光を放ち始める。中心に出来上がった丸い光の玉を置く。紋章は対象を見つけ、光の玉もろとも消えた。 空は藍、紫、紅、金。ただただ染まって暮れていく。目を閉じても浮かぶような色の乱舞は、瞳に焼きついてしまったかのようだ。 限界だ、と思う。深い森の香りと、調和して美しい色々。柔らかい草の上に寝そべって動けないままに、日は暮れてしまった。 「・・・アル、大丈夫かな」 赤い光の葉、青き水の柱。決して、消滅などしていなかった。見つけるのには手間取ったが、解毒薬は創れた。毒は消える。まだ腕が動かせたうちに描いた紋章はいびつではあったが、蒼い猫の元へ、送れたはずである。致命的な誤算もあったが。 ・・・自らの身に使う薬は、創れなかった。身体が毒に蝕まれていくのがわかる。それでもただ、ぼんやりした頭で見つめていた。視界は透明に澄んで、目に入るものの動きは普段の倍以上速くもあり、止まってしまったかのように遅くもなり。・・・時計の針が、進んでは戻るを繰り返しているかのようである。昨日の夜中頃から出だした熱が、あるいは、そう思わせるのかもしれなかった。 段々と消えていく感覚・・・それでも月は、夢幻の美をさらしていた。 晴れすぎた視界とぼやけた頭が、ふ、と昔の光景を浮かび上がらせる。 ――夢を、見たいか―― ・・・この言葉、忘れない。こんな月夜に、思い出す。 死は、遠い。弟子となり、城に来たその日から、人間としての寿命はなくなり、魔王に仕える者としての新しい命が与えられる。身体は、人間よりずっと遅く成長する。 魔王と出会ったのがどれほど前か・・・正確にはわからないが、その声だけは思い出せる。――夢を、見たいか。それは、弟子としての自分を自覚した、魔王の言葉だった。 青の魔王の弟子となって今までに、自分には魔王の弟子となる実力も、資格もないのだと気付いた。 「ぼく、は・・・あの時、断るべきだったのかな・・・」 ぽつり、とこぼれるように言ったその言葉は、思っていた以上にすっと自分に浸透した。声に出してしまうと、楽だった。糸が切れたように、頭の先まで深く草に埋もれる。 声一つない。そんな静寂のはずなのに、瞑ったまぶたの裏側に直接聞こえているかのごとく音が響き渡る。目を開ける・・・そこには闇と、影と、ぽっかりと空に穴をあけた月が浮かんでいた。 その中にかすか、目映い響きを見た。葬送曲かと思うほど寂しい音色。まぶたの裏にあった音は、あれとは違ったものだったと漠然と思う。 そして、まぶたを閉じようとした。 『・・・セグレット』 この場で、この時には、一番訊くはずのない声。閉じかけた目を、意志の力で、かっ、と見開く。 「・・・魔王様っ?!」 闇は、影は、月の光は、今この場に現れた青の魔王の全てを喜ぶように謳っていた。青の魔王はそれと戯れるように腕を伸ばす。きらきらと、光る。 『ずいぶん遠くまで来たのだね、セグレット。ここは、聖域のほんの一歩手前ではないか。犯してはいけないと、知っているはずだろうに・・・』 驚きに声を失う。青の魔王は穏やかに話し続ける。 『それだけ、アルが大切だったかい?』 きらきらと舞う光がまぶしくて、目を伏せる。何か応えなければ・・・とつっかえつっかえ声を出す。 「大切・・・です。使い魔だからとか、そんな理由じゃなくて・・・ぼくは、ただ、大切だから、アルを助けたかったんです・・・」 それを言うだけで息が切れた。青の魔王は、この言葉に優しく笑う。 『・・・アルは、元気になっているよ。セグレット、安心なさい。しかし、お前が弱れば、アルも弱る。もし死んだら、近くアルも後を追う。・・・それでいいのかい』 思わぬ強さの言葉に、その問いに、視線だけを向ける。青が輝き、はためいた。 「・・・いや、です」 震える声で、返す。長いまばたき。その間に、つ、と魔王の指が触れてきた。――温かな何かが流れ込むような、染み渡るような、その感触につかの間何も考えずに意識を集中する。 『セグレット・・・お前は死なないよ。その毒は、熱が出てからちょうど一日で死に至るものだ。今、月が頂点に昇って・・・一日経っても、お前は生きているだろう?』 体力を少し分けてあげよう・・・動けるようになったら、帰っておいで。 青の魔王はそう続け、言葉の終わりと同時に、温かな何かは身体の隅々まで行き渡った。 その心地よさにしばし身を浸し・・・目を開いて、まだ近くにいるままの青の魔王に、緊張で声を掠れさせて。 「・・・ぼくは・・・、帰って、いいんですか?」 魔王の笑い声が、響く。 『・・・何を、当たり前なことを』 言葉少なに言い切って、その場から青は一切消え失せた。 ――かすかな余韻に浸りながら、目を、閉じた。そのまぶたの裏に響くのは、淡く静かで繊細な・・・子守唄だった。 長く、思い悩んだと後に思う。 自分の弟子はどうであっても自分の弟子だと、青の魔王は常に言っていたのに。兄弟弟子は皆、自分自身を全うしているのに。遠回りしていた、と気付く。 ――青の魔王の弟子としての自分を意識し始めたあの日。城の庭から見える月は、ごく小さな声ではあるが謳っていた。その月の下で、魔王は尋ねたのだった。――夢を、見たいか、と。 その夢がなんであったのか、今でも続いているのか。――それはわからない。 でも・・・数日離れて、帰ってきて。今、前に建つ青の魔王の城をこの目でしかと確かめて。心配させて、兄弟弟子に叱られるだろうなと思いながら。 たとえわからないとしても、夢は現実になったのだと、心の中で、思った。
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