十章 “遠い国の物語” 2
数日前、十織は本の修復を任じられた。全て、ページがばらけたり抜けてしまったりした、古い本だ。そして、そのうちの一冊“遠い国の物語”が、ちょっとした状況に陥っている。 “遠い国の物語”は、簡単なおとぎ話だ。 ――ある国に一人の姫が生まれました。姫はアーリエスタと名付けられ、とても美しく育ちました。あまりに美しく育ったがため、姫のことを心配した父王は、年頃になった姫を塔へと閉じ込めました。そして、姫に求婚してくる男達に言いました。 “この塔に、多くの罠をしかけた。我が姫を妻にと望む者達よ。この塔を上りきり、姫の祝福を受けるがよい” 数多の者が塔へ上り、その罠を解けずに去る。けれど、何の身分もない青年が、ある日ふらりと現れ塔に入り、全ての罠を解いて姫の下へ辿り着いた。青年は涙をたたえる姫に向かい、告げる。 「姫よ。私は、貴女を愛しています。この想い一つをもって、貴女の下へ辿り着きました。どうぞ我が妻に、アーリエスタ」 知恵と力と勇気を携え、愛という想いを胸に塔を上りきった青年は、姫の祝福を受け、アーリエスタを妻とした。二人は、幸せに寄り添って暮らしたという。 ========== 肝心なことに、その本は、結末の部分の数ページがすっぽりと抜けている。ほとほと困り果てていたところに、この少女が現れたのだ。アーリエスタ……この本の姫の名を名乗る少女は、王子様が塔を上りきって現れる日を、ただ待っているのだと言った。 ――結末が抜けてしまった本の姫が、王子の訪れを待ちわびる。 それは何だか滑稽で愚かしく、同時に可哀想だとも、十織には思えた。適当に文を書いて結末を作ってしまってもいい。だがそもそも、この本の結末が気に入らない。 父親の言う通り、なされるがまま、塔に閉じ込められ、知らぬ青年の妻となる姫。これではまるで、物のようではないか。心配だという言葉で、姫を良いようにしようとするなど。 私だって嫌なのよと、アーリエスタが泣いて、安心した。心の底から父を慕って、塔を上りきったという理由だけでその者の妻とならねばならないことに、もし何の疑問にも思っていないのなら、救いようがないと思っていた。だが、そうではないなら……。 「アーリエスタ。……あんたの未来、私が書き換えるよ」 心置きなく、この少女を飛び立たせることができる。
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