何かが変わると思った

十二章 “水面の夢”   1





 ――水に映る自分の顔に手を伸ばし、そこにある面影を、静かに壊した。

 

 

 夢の目覚めは唐突で、十織は体ごと跳ね起きる。朝日がまだ昇る前、空には月すら浮かんでいる。

「……何だ、今の」

 見た夢は鮮烈に覚えている。――部屋を出て、外へ歩く。街に下りて、さらに歩く。街道に出て、まだ歩く。野原に分け入り、ずっと歩く。そして辿り着いた先に、あるのは湖。いきなり眼前に現れた水面は、夜風で揺れている。覗き込む。顔が映る。そして。

「……何だったんだ、あれ」

 妙な、夢だった。怖くはないが……静かで、あまりに静かで。

 怖くはないが、ぞっとした。白い月を映しこむ水辺が十織を誘っている気がして、それから一睡もしなかった。

 

 

 

 

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 アルスはその日の昼前、いつも通り王宮に着く。その足で蔵書室へと向かえば、途中で十織と出会った。

「あ」

「逃げるなよ」

「……」

 反射的にか身を翻そうとした十織は、逃げるなと言われ足を止める。それは珍しい反応で、アルスはやや拍子抜けする。いつもだったら、逃げるなと言っても逃げる。

「……トール?」

 どうしたんだと近寄れば、何だか疲れたというか、思いつめたというか、そんな暗い、青い顔をしている。熱でもあるのかと手を伸ばせば、強く弾かれる。

「触るな」

 普段よりもなお強い語調に、アルスはややたじろぎ、どうしたんだともう一度訊く。

「トール?」

 名を呼べば、少しうつむく。どうかしたのかと重ねて問えば、十織はしばらくして顔を上げる。

「……あのさ」

 そして、この近くに湖はあるかと訊く。その突然の問いかけにアルスはきょとんとし、あるにはあるが、と首を傾げる。

「……それがどうかしたのか?」

 十織はしばらく黙りこみ、それから、連れていけと視線で脅した。




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