何かが変わると思った

十二章 “水面の夢”   2





 半日休みをとった十織は、アルスの馬に二人乗りして、近場にあるという湖を目指す。何ガあるんだと繰り返し問うアルスを適当にさばき、早くしろと急かす。そんなに早く走れるわけないだろと文句を言いつつも、アルスは結構な速さで馬を駆る。

 頃は昼過ぎ、馬でも二十分ほどかかった道筋は、十織が夢で見たそれと、全く同じだった。薄気味が悪い。湖に行こうと思ったことを、今さらながらに後悔する。

「トール、どうしたんだ、お前」

 アルスが何度も何度も問うのは、十織がおかしいから。心配で、不安だから。それを曲解するほどには、ひねくれていない。

「……」

 けれど、黙秘。言いたくないのだ。言えないのだ。

 そうこうするうちに湖に着く。昼の日差しできらきら輝く水面は、昨日の夢とはまるで別物だが……辿った道筋は、全く同じだ。

「トール、ここがどうかしたのか?」

 きょろきょろと周囲を見回すアルスの横を通り、十織は湖の際にしゃがむ。十織自身の顔が映る。不機嫌そうな顔、きつい目元、肩に流れる黒の髪。夢でしたように、手を伸ばす。小さな水音。波紋。そして、

「っ?!」

「トールっ!」

 アルスの叫び声を聞きながら、十織は水中に引きずり込まれた。

 

 

 

 

==========

 

 水の中は暗くて寒いでしょう? せめて、誰かが一緒なら。一人なんて、寂しすぎる。だから呼んだのよ。誰か来てって。私と一緒にいてくれるひとなら、誰でもいいの。応えてくれるひとなら、何でもいいの。……ねえ、私と一緒にいてくれるでしょう? だって貴女も一人きりなんですもの。

 

 

 語りかけてくる何かに必死で抵抗する。水が体に浸入する。苦しい。暗い。どれほど深い? 手を放せ、違う、呼ばれてなんていない!

 痛いほど掴まれた手首。まとわりつくのは水草か。動きが取れない。足掻けば足掻くほど沈んでいく。引っ張られて、水底へ……。

 死んでしまう。殺される。

 

 ――十織の息は、やがて続かなくなり。その目は、力なく閉じられた。




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