何かが変わると思った

十二章 “水面の夢”   3





 兄ちゃん、どこ?

 こっちだよ。

 ……どこ?

 こっちだ。おいで。

 ねえ、どこ?

 おいで、トオル。ほら、こっちだよ。

 

 

**********

 

 ――小さな頃、親と人込みではぐれた時、兄が手を繋いでくれた。泣きそうになる十織を、母さん達はこっちにいるよ、泣くんじゃない、そう慰めながら。

 兄の背中を追いかけて、真っ直ぐに歩く。その先にはちゃんと母も父もいて、ああよかった、と心底ほっとした顔をしていた。

 

**********

 

 

 兄ちゃん、どこへ行くの?

 戻るんだよ。

 どこへ……?

 そんなこともわからないのか?母さんと父さんのところに、戻るんだ。

 でも……母さん父さん、待っててくれてるかな。

 当たり前だろ。ずっと、待っててくれるよ。

 ……本当?

 ああ。だから、トオル。……帰っておいで。俺も、待ってるよ。

 

 

 

 

==========

 

「トールっ!!!」

 大声。そして痛み。ぱっと目を開けた十織は、目前にアルスを見て硬直する。濡れて水滴を落とす銀の髪、真剣そのものの表情。何が何だかわからない十織は、鼻先数センチにある他人の顔を凝視する。

「トール、気付いたか? どこか痛いとか苦しいとか、何かおかしいことは?」

 どうにか口を動かして、ないと答える。離れて、と言えば、アルスは体を起こす。

「全く……心配させるなよ、お前は」

 ほっと息をつくアルスを見つめながら、十織もゆっくりと体を起こす。体の動きがぎこちない。何度も叩かれたらしい頬と、右手首に痛みが走り、視線を手に落としてぎょっとする。

「な……何これ」

 くっきりとついた……手の形の痣。声が震える。

「何、何で」

 どれほど強く掴まれれば、ここまではっきりと痕がつくのだろう。十織は顔を引きつらせ、答えを求めてアルスを見る。アルスは知るかと首を振り、

「お前が……いきなり沈んで。助けようと潜ったけど、全然追いつけなくて。焦ってたら、いきなり」

 湖が光ったのだという。そして、十織の体が浮き上がってきた、と。

「……どういう、こと?」

 わかるわけないだろ!とアルスは叫ぶ。

「俺にわかるかよ! お前の方がわかるんじゃないのか?! お前が、ここに、来たいと言ったんだろ!」

 十織は押し黙る。確かに、その通りだ。

 二人の間に沈黙が流れる。それに耐えかねたアルスは、ああもうと濡れた頭を掻き毟り、

「帰るぞ!」

 そう言い、問答無用で十織を肩の上に担ぎ上げる。担がれた十織はじたばたと暴れるが効果はなく、馬の背に押し上げられる。その背にアルスが乗り、二人を乗せた馬は、湖から離れていった。




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