何かが変わると思った

十三章 “遭遇する似た者同士”   3





 蔵書室は普段通りに回っていた。仲間が一人失踪したというのに、それであからさまに動揺するのはキィスのみ。セレフェールも心中穏やかではなかったが、キィスよりは表面を取り繕えた。

 廊下に本をばらまいて消えた十織。すぐに捜索するべきだと訴えたセレフェールにアラバサスは首を横へ振り、明日の朝まで待ちなさい、必ず戻るから、とそう言う。根拠一つない言葉なのに妙にはっきり言い切られたため、強く出られなかった。キィスにもそれを説明したが、セレフェール同様、納得していない。今すぐ、王宮中を駆け回り捜しに行きたいのだろう。それを我慢してそわそわしているのが、傍目にわかる。

「……どこに行ったの? トール」

 十織は、どこへ行ったのだろう。本当にすぐ、戻ってくるだろうか。

 

 ――セレフェールには、わからない。どれだけ近くにあろうとも、十織はやはり、セレフェール達とはどこか異質な人間だから。

 

 

 

 

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 青年の話を、十織は半分も理解できなかった。

 

 ――もうすぐ空が染まる――決めなくてはいけない――世界が変化する――

 

 端的でまるで戯言のような言葉の羅列は、十織に混乱だけをもたらした。眉をひそめる十織の前で青年が短く話し終えた後、その場にいた者達は皆、潮が引くように去った。

「……どういうこと?」

 十織と青年だけが残る。青年は振り返り、十織の目を見る。しかし、答えはない。

「……私は、何で連れてこられたわけ」

 質問を変えても、青年は答えない。静かに十織を見つめるのみ。

「お前は……何故、元の世界に、戻らない」

 逆に問われ、言葉が喉に詰まる。勝手だろう、と一言言い捨てればいいだけなのに。十織が目を伏せれば、青年は静かに息を吐き、

「いずれ戻る、覚悟だけはしておくことだ」

 そう言い、十織の頭をぽんと叩く。振り払うでもなくそれを受けた十織は、ふと視線を感じ、振り向く。そして、

「うわ」

 実に嫌そうな声を上げ、顔をしかめた。

 十織からやや離れた場所に並び立つ二人は、揃って十織の苦手とする人物だ。

「何であんたら、ここにいる」

 さりげなく青年の手を払い、十織は彼らと向き合う。……イルク、そしてサイアス。

「俺が呼んだ」

 青年の言葉に、十織は訝しむ。一体どういう繋がりだ、という目をして三人を見比べる。

「随分、おかしな組み合わせだけど」

 言外に事情を説明しろと含ませ言えど、誰も口をきかない。十織はしばらく青年を睨みつけていたが、その口から余計な言葉が出ないことを知ると、さっと身を翻した。

「……じゃあ、いいよ」

 仕事に戻るから、と十織が一人歩き出せば、青年はその背中に向かいようやく口を開く。

「もし明日にでも、その想いが変わったならば。俺を呼べ。ジルオール、と」

 十織は足を止め肩越しに振り返ると、強い語調で返す。

「そんなことは、ありえない」

 身を翻すと、彼らの下を去った。

 

 

 

 

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 夜の間に戻ってきた十織は、誰に会ったとか何を聞いたとか、そうした一切を、誰にも話さなかった。ちょっと、と一言で誤魔化しきった。

「……そう」

 セレフェールが、淡い微笑みを浮かべただけで抱擁一つしなかったことに……十織はそれからずっと、気付きはしなかった。




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