何かが変わると思った

十四章 “窓の風景”   2





 二人の子どもは、どうやったかしらないが、いとも簡単に東塔の扉を開いて十織を中に連れ込んだ。長年閉め切られてたのだろう、密室独特の空気のにおい。

「あの、ちょっと、何? どこに行くの、何するつもり?」

 十織の問いに、二人は答えない。答えられない、と言った方が正しいか。ファリオもキラも、人語を解さない。

 螺旋階段をくるくる上り、息が切れてくる。西塔と同じで、高い。最上階まで行くつもりなのだろうが、確か、この塔には窓一つなかった。

「ちょ、ほんと、何……」

 十織が息を切らしているのに、少しの疲れもなく足を動かし続ける二人。ふと、背筋が冷たくなった。……子どもの外見をしていても、ファリオもキラも、人間ではないのだと。

 本当に何をさせるつもりなのかと、十織は唾を呑む。ちょうど階段が終わり、目の前に扉が一つ待ち構えている。ファリオが無造作にそれを開く。足を踏み入れた部屋の中は暗く、埃っぽく、空気は澱んでいた。

 今さらながら躊躇して足を止めようとする十織を、ファリオは静かに見つめる。その目には、危害を加えようという様子はない。キラも見つめる。無邪気に微笑んでいて、勇気づけるかのようにくいっと小さく十織の手を引く。

 十織はしばし逡巡したが、やがて一つ深呼吸すると、いいよ、と笑った。何が待ち受けていたとしても、怖がるには値しないと思った。

 どこからか明かりが零れる室内、ファリオとキラが連れていった先には、窓があった。五十センチ四方程度の嵌め込み型で、窓の向こう側には壁が広がっている。この窓は窓でありながら、埋められてしまっているのだ。外界の風景を映すことのないように。

 どうしてだろう、と思いつつ、十織は窓の向こうをのぞき込む。そして、驚いて一度頭をのけぞらせる。

「な……何、これ」

 恐る恐る、もう一度のぞく。窓の向こうには……街が、広がる。

 コンクリートの壁。瓦屋根の一軒家。公園の遊具。小さなバスケットコート。舗装された坂道。線路と踏切。あちこちに洗濯物が干されたマンション。電気の明かり。海。

「……あ」

 言葉が、出ない。見慣れた、遠い風景。――青い屋根の、十織の家。

 知らず伸ばした手が、窓を素通りしていることに、気付く。はっとした時には遅かった。

「や、だ、やめて」

 ……戻りたくない! あそこには!




前へ   目次へ   次へ