何かが変わると思った

十五章 “赤い空”   2





「……そうか、ジルオール。今、なのか。その時は」

 リーレスはくしゃりと顔を歪め、黒髪黒目の青年を見る。リーレスの父、その父、またその父、と何代にもわたって、ジルオールのことを、聞き伝えられてきた。――いつか来るその時、王は決断し、行動しなければならない。そしてそれは、問答無用で背負わされる責だ。

「ああ。……遠くはないと思っていたが、いざ時が来ると、俺もなかなか、思うところがあるな」

 この世界に愛着があったんだな、とジルオールは微笑む。リーレスは、口を開けば罵倒か嘆きが飛び出してしまいそうで、唇を噛んだ。ジルオールは悪くない。そしておそらく、誰が悪いなどとは言えない事態なのだ。

「……見ろ、リーレス。空が染まる」

 ジルオールの指し示す広大な空が、地平線の向こうから、見る見る間に赤く染まっていく。

「俺は、お前に期待している。猶予はあまりないが……やり遂げてくれ」

 空が真っ赤に染まる直前、ジルオールはそう言い置き姿を消した。

 

 

 

 

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 赤い空。それは、世界が変わる前兆。

 

 空が赤く染まり、神の声が響く。世界を創りしは二人の神、しかし今残りしは一人のみ。

 一人きりの神は、世界に残った精霊と自らの種である人間を加護してきた。けれど、その神も世界を去る。神の手から解き放たれた世界で、残るはどれほどの命であることか。

 元より世界との結びつきが強い精霊は、全てが世界から去るしかない。そして人間は、決めなければならない。神を選ぶか、世界を選ぶか。……人間にだけ、選択の余地がある。

 リーレス自身はもう、決めていた。世界を選ぶ、と。そのための代償も知っていた。その代償を支払う前に、王として成さねばならないことも。

「私には……重すぎる」

 セレィスの王の責任は、遠き昔、神から授けられたもの。――すわなち、他人の人生を決め、終わりを与えるという、役目。

 

 セレィスの王がずっと受け継いできた約束事。それを果たすべき、時が来た。




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