何かが変わると思った

十六章 “かくれんぼの人々”   3





 それから、随分多くのひとと話をした。老人、壮年の男、夫婦と子供、三十路過ぎの女、若い母親、幼い姉弟……彼らは一様に、優しい笑みを浮かべていた。そして、十織ばかりを奥へ奥へと誘う。まるで、ここで止まってはいけないとでもいうように。

 促されるまま、森を進む。かくれんぼの鬼は、近付いてきているのだろうか。アルスや、ルウロは。ファリナは? いつまで隠れ続ければ、見つけてくれるのだろうか。

 ――隠れ続ける十織は、いずれ、小さな不安を感じ始めた。実は誰も自分のことなど捜してはおらず、たった一人、ここに取り残されているのではないかと。

「……冗談じゃない」

 勝手に連れてきておいて放っておくなどあまりに無責任すぎると、十織はちらり背後を見る。トールさん! とファリナの明るい声が聞こえてくるのではないか。トール! と怒ったような声でアルスが叫ぶのではないか。リーレスやルウロ。リーエスタにセレフェール、キィス。トール、と誰かが呼ぶのを、望んでいないと言ったら嘘になる。

「誰か……早く、見つけなよ」

 優しい笑みで留まる者達は、一足早く、かくれんぼを終えていることだろう。

「十織、さん?」

 すぐ見つかってしまうような広い空間の真ん中で、背後をじっと睨みつけていた十織は、突然名を呼ばれ振り向いた。誤りのない完璧な発音、それを口にできるのは……。

「拓考……さん」

 同じ日本人である、彼の青年だけ。拓考は、先ほど出会った者達と同種の笑みを浮かべ、

「そんなところに突っ立っていたら、見つかってしまいますよ?」

 おいでおいでと手招きをする。十織はそれに従い近寄った。太い幹の影に隠れた二人は横に並んで腰を下ろし、どちらともなくほっと息をつく。何故かわからないが、落ち着いた。

 訊きたいことは沢山あるはずなのに、十織はそれを言う気にならない。そもそも何でかくれんぼなんかしてるのかとか、参加しているひと達は誰なんだとか、どうして十織まで参加しなければならないのかとか、何故イルクにサイアスに拓考までも参加しているのかとか。……気にはなるが、何となく、訊く気になれない。

 ただ、傍にいることの方が、大切だとは感じた。言葉よりも、ずっと。

 しばらく二人、微妙な距離で隣にいた。する拓考はふっと苦笑し、

「十織さん。私はもう疲れたので……ここで休んでいます。貴女はもうちょっと隠れ続けていなさい」

 十織はむっとし、私も疲れましたけど、と文句を言う。まだ若いでしょう、と拓考はその背をぽんと叩く。

「……もう少しだけですよ。私の分も頑張って隠れてきてください。ね?」

 そう優しく微笑まれて、十織は結局、その場を去った。まだ、隠れ続けなければならないようだ。

 

 

 

 

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 夜が訪れる頃、ようやく十織は見つかった。最後から二人目だった。

「よく隠れたね、なかなか見つからなかったよ。……さ、あとはアルスだけだ」

 先に見つかった者達は、もうどこにもいない。どこへ行ったのかと訊けば、見つかった者から一抜けさ、といたずらっぽく告げられる。

「……それ、私、損してるようなもんじゃないですかね」

 疲れと呆れと苛立ちで大きくため息つきつつ睨めば、リーレスはくすくすと笑う。まあそう言わずに、と宥められ、この場に残っている者……リーレス、ファリナ、ルウロとともに、森の奥へと歩き出す。

 

 ――あと一人。全員を見つけるまで、かくれんぼは終わらない。




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