十八章 “王の庭” 1
十織は地球に帰ることを決めた。ジルオールの話を聞いたことが一番の理由だが、その前から、いつか遠くないうちに帰るのだろう、と密かに感じていた。 十織は、自分を弱いと思っている。けれど、必要以上に強いと自覚している。 強い十織、弱い十織。どちらに立って考えても、十織は帰ろうと決意したことだろう。……きっとそれは、ジルオールに促されなくとも。 帰ると宣言してから二夜、リーレスは時間をくれた。 “別れを告げたいひともいるだろう。持って帰りたい品もあるだろう。待ってあげる。だから、トール。願わくば、想い一つ残さず、戻れるよう” ********** ねえ、楽しかった? うん、楽しかったよ。 ========== 帰っちゃうんだ。とセレフェールは言った。 そうか。とキィスは一度だけ頷いた。 帰ることを決めて、初めにそれを報告したのは、セレフェールとキィスだった。二人は残念そうな、けれどほっとしたような顔をして、十織の想いを受け入れた。 十織がローザリアに来てから一年と少し。三人が出会ってからは、約十一ヶ月。決して短くはない時だった。 言葉は話せるが読み書きのできない十織にそれを教えたのは、セレフェールだった。司書の仕事を教えたのは、キィスだった。キィスの失恋を笑ったり、セレフェールのミーハー振りに引いてみたり、十織の嫌いな食べ物を無理矢理食わせてみたり、本棚の角に膝をぶつけて悶絶するキィスを笑ったり。……三人で育んできた友情が、確かにここにあった。 十織は異世界人。いつかいなくなることを、ローザリアの二人は心に留めていたかもしれない。元の世界に帰らない十織に、帰ろうと思ったその時まで、ただ添うことを。 「正直言って、寂しくなるな」 「私にいじめてもらえなくなって?」 「そんなわけあるか!」 「あら、違うの? キィス、いじめられるの好きじゃなかったかしら」 「どんなだ?! そんなわけないだろ!」 「嘘を付くのはよくないと思うけど?」 「だから、それってどういう性癖だよ!」 常と変わらず言葉攻めした十織は、本気で弁解するキィスにくすくすと笑う。キィスはそんな十織にげんなりした顔をして、ふうと息をつくと苦笑した。 「……まあ、元気でな。トール」 そっと手を伸ばし、十織の頭を撫でる。それに驚く十織を、セレフェールは正面からぎゅっと抱きしめる。 「……元気で、トール」 ――強く、優しく、温かく、触れてくるひとの存在に、十織はほんの少しだけ、泣きそうになった。 他の人々の下へ挨拶に行く十織の背に、セレフェールが問うた。 「ねえ、トール。……ここは、楽しかった?」 十織はにっこりと振り返り、大きく縦に頷く。 「当たり前じゃん。……楽しかったよ」 そうして歩いてゆく背中を見て、セレフェールは静かにうつむく。その肩を、キィスはそっと抱いた。
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